第66話
「言っている意味がわからんな。無理をしている? この俺がか?」
オスコの言葉に、ユーリックブレヒトが困惑げな表情を浮かべる。
そんな彼とは対称的に、トデンダーは嘆かわしいとばかりに、首を横に振った。
「ユーリックブレヒト公爵様。やはりあなたはご聡明で、そして心優しいお方です。ですがそれ故、人よりも忍耐力も非常に高いのでしょう。その結果あなた様は、ご自身の苦痛に鈍感なところがある」
「ユーリックブレヒト様は、私たち使用人のためにジメンドレを毒殺された。当然あの女の血を引いているクソガキも、その手でひねり殺したいほど憎んでおいででしょう。ですがユーリックブレヒト様は、お優しいお方。あなたはまだ赤子のあのガキを、生かすご決断をなされた。そして、どうせ生かすのであれば自分の役に立つように使おうと、そうお考えになられたのです」
トデンダーの言葉を引き継ぎ、狂信者の瞳でオスコが言葉を重ねていく。
「ですがそれは、あのクソガキを生かしておくことが、一体どれほどユーリックブレヒト様の心を傷つけたことでしょう? 毒殺したいほど憎んだ相手の血を引く相手と、同じ屋根の下で暮らすことは、ご自身の身を引き裂くようなほどの苦痛が伴ったはずです」
「ですがユーリックブレヒト公爵様は、その苦痛が麻痺してしまうほどの状況になられても、お耐えになられた。それは何故か? ひとえに、わたくしたち使用人の未来を慮ってくださったからに他なりません」
オスコとトデンダーの話を聞いたクラムラクモリック伯爵は、僅かに目を細める。
「つまり、お二人はこう主張されるのですかな? ユーリックブレヒト公爵がジメンドレ前公爵夫人の血を引く御子息を意のままに操ろうとしていたのは、あなたがた使用人たちのためであった、と?」
「それ以外、考えられません」
クラムラクモリック伯爵の言葉に対し、オスコがそう断言する。
「ユーリックブレヒト様は、私たち使用人のためにあの忌まわしいジメンドレを毒殺されたのです。それなのにもかかわらず、殺意を抱いたあの女の血を引くクソガキを、ご自分の血を引いていないあのガキを手元に残しておくでしょうか?」
「全ては、わたくしたちのためなのです。わたくしたちのためにユーリックブレヒト公爵様はご自身にかかる精神的苦痛をお受けになられることを選ばれた。その結果、そのお辛い状況が当たり前となり、その矛盾を受け入れるため、あの女の血を引く子供を自分が愛していると思い込もうとしておられるのです」
「ですが、今までお隠しになられていたユーリックブレヒト様のご英断は、白日の下にさらされました。ですから、もう、無理をする必要はないのです、ユーリックブレヒト様。私たちが、いえ、私がその苦痛を癒やして差し上げましょう」
そう言ってオスコは涙ぐみながら、ユーリックブレヒトに向かって手を伸ばす。
「さぁ、ユーリックブレヒト様。もうこんな血のしがらみだらけの場所から離れて、静かな場所で暮らしましょう」
「ユーリックブレヒト公爵様は、血の束縛でがんじがらめにされるこんな環境にいてはならないお方です! どこへ行こうとも、わたくしたちがお支えいたします。ユーリックブレヒト公爵様を解放するために、わたくしたちは今この場に立っているのですっ!」
必死の形相で訴えるトデンダーたちを見て、ユーリックブレヒトは苦痛に顔を歪めるような表情を浮かべ、やるせなさそうに首を横に振る。
「なるほどな。それが、ラルヴァ男爵がお前たちを抱き込む条件、というわけか」
ユーリックブレヒトの言葉に、私は内心頷いていた。
……ラルヴァ男爵がユーリックブレヒトに死刑を求めなかったのは、オスコやトデンダーと取引をした結果ですのね。
ラルヴァ男爵がユーリックブレヒトに求めた処罰の内容は、こういうものだった。
『問うべき罪は、先程申し上げました。王族への冒涜、この国に対しての汚辱のような行為ですが、そうであってもユーリックブレヒト公爵がこのクロッペンフーデ大王国で残した功績は非常に大きいのもまた事実。本来であれば死罪、と言いたい所ですが、爵位を剥奪し、僻地での隠居生活を求める所が落とし所ではないかと、吾輩は考えております』
……ユーリックブレヒトから爵位を剥奪し、僻地での隠居生活。全てオスコとトデンダーが今証言した内容そのものではありませんの。
恐らく、サーカス団でアシュを誘拐しようとオスコたちを抱き込んだときから、ラルヴァ男爵はこの裁判を見据えて行動していたのだろう。
オスコはラルヴァ男爵にアシュの誘拐について協力する見返りとして、誘拐犯に私を殺すことを求めていた。
しかしそれらの行動は、全てユーリックブレヒトに自分たちの理想通りに使えるという目的のために行われている。
……でしたらそのために、ユーリックブレヒトがどうであろうとも、かまわないというわけですわね。
ユーリックブレヒトがクロッペンフーデ大王国の公爵でなかったとしても。
ユーリックブレヒトの安全さえ確保出来るのであれば、オスコたちは彼に仕えることが出来る。
もちろんオスコたちの求めるその結果は、ユーリックブレヒト本人の意志なんて、僅かばかりも考えられてはいない。
しかしオスコやトデンダーは、自分たちがユーリックブレヒトに仕えることこそが、彼の幸せに繋がり、それ以外の幸せはないと本気で信じているのだ。
彼女たちの盲目さに、私の背筋に怖気が走る。
彼女たちが見ているのは、私の隣りにいるユーリックブレヒトであるようで、ユーリックブレヒトではない。
彼女たちが見ているのは、彼女たちが作り出した、自分たちにとって都合のいい偶像でしかなかった。
そしてそんな彼女たちの狂信さと、ラルヴァ男爵が付け込み、アシュを我がものとするために利用したのだ。
そのラルヴァ男爵が、オーケストラを指揮するように手を広げる。
しかし、その例えは案外的を得た表現だった。
何故ならオスコとトデンダーの証言で、傍聴席に座る貴族たちのざわめきが止まらない。
しかしラルヴァ男爵が手を挙げると、貴族たちは次に男爵が何を言うのか、その一挙手一投足、一語一句に注目し、喋るのをやめて息を潜める。
ラルヴァ男爵の指揮で、この部屋の声を操作されているようだった。
今や傍聴席に座る貴族たちは、完全にラルヴァ男爵の味方となっている。
ジメンドレ前公爵夫人をユーリックブレヒトが毒殺したのが事実であれば、彼がアシュに流れる王族の血を我が物にしようとした、というラルヴァ男爵の主張に現実味を持たせれるからだ。
ユーリックブレヒトが、誰のためにそんなことをしたのか、というのは関係ない。
そして彼らの支持をより強固なものにするために、ラルヴァ男爵が口を開いた。
「では、次にユーリックブレヒト公爵が、どの様にしてジメンドレ前公爵夫人を殺害したのか。どの様にして毒殺したのか、その方法についてお話いたしましょう」




