第62話
咳払いをして、ラルヴァ男爵が立ち上がる。
彼はまるで舞台俳優もかくやと言わんような振る舞いで、手を振り上げる。
しかし、貴族たちに見世物にされているこの状況では、彼の振る舞いのほうが正しいのかもしれない。
そういう状況が非常に腹立たしいが、今はラルヴァ男爵の話を聞くしかない。
彼は部屋に自らの声を響かせるように、口を開いた。
「ここにいらっしゃる皆様におかれましては、もはや今回の栽培の趣旨を理解されていない方はいらっしゃらないでしょうが、僭越ながら申し上げさせて頂きます。何を隠そう、そこにお座りになられている栄えあるユーリックブレヒト・ハーバリスト公爵におかれましては、御子息であらせられるアシュバルム・ハーバリスト様を自らのものとすべく、画策しておられたのです」
「子息であるのであれば、過保護ということもあり得ると思いますが?」
クラムラクモリック伯爵はあくまで公平に、私だけでなくラルヴァ男爵の話もしっかりと聞いてジャッジを下すらしい。
……暫く、苛立たしい時間が続きそうですわね。
その予想が正しいと言わんばかりに、ラルヴァ男爵が肩を竦める。
「本当の御子息であれば、そういった可能性もあったのですがね」
「と、いいますと?」
「ユーリックブレヒト公爵とアシュバルム様は、血が繋がっていないのです」
「血が、繋がっていない?」
「そうです、クラムラクモリック伯爵。ユーリックブレヒト公爵はアシュバルム様と血が繋がっていないのです。そして、それがこの裁判を開くことになった原因となったのですよ」
「伺いましょう」
「アシュバルム様の血縁、実の母親は、ユーリックブレヒト公爵の前妻、ジメンドレ・ハーバリスト様です。そして実の父親は、グルスドレーラー・ハーバリスト」
「ハーバリスト? グルスドレーラー氏は、ジメンドレ前公爵夫人と何か関係が?」
「ユーリックブレヒト公爵の、前の旦那様ですよ、グルスドレーラーは。彼はジメンドレ前公爵夫人と別れた後、クロッペンフーデ大王国とは別の国に暮らしておりましたが、吾輩が仕事中に偶然出会いましてな。彼を保護したことで、ユーリックブレヒト公爵の企みに気づくことが出来たのです」
……よく言いますわ。どうせアシュを狙って必死に探し回ったのでしょうに。
そう口を挟みたいが、証拠を持ち合わせていないのでここは黙って話を聞くしかない。
私がそう考えている間に、ラルヴァ男爵は意気揚々と口を開く。
「クラムラクモリック伯爵。ここでジメンドレ前公爵夫人の出自について触れたいと思います」
「故人の出自が、本件と何か関係が?」
「もちろんありますとも。それも、非常に重要な関係が」
「では、話を聞かせてください」
「はい。ジメンドレ前公爵夫人ですが、彼女はかの王族の方々の高貴な血を引くお方なのです。つまりユーリックブレヒト公爵は、ジメンドレ前公爵夫人がお亡くなりになられたことで、王族の方々の血統に連なるアシュバルム様を自分の息子にすることが出来たのです」
そしてラルヴァ男爵は、次の発言までたっぷりと溜めを作った後、口を開く。
「ユーリックブレヒト公爵は、ジメンドレ前公爵夫人が亡くなったことで王族の方々の血を引かれるアシュバルム様を義理の息子として迎えることに成功しました。そこで、欲が出たのでしょうな。このクロッペンフーデ大王国は貴族社会であり、血筋が絶対的にものをいいます。そう言う意味でいうと、アシュバルム様を意のままに操れる状況を作ることが出来るのであれば、ユーリックブレヒト公爵はこの貴族社会で絶大な発言力を持つことになります」
「では、告発人の主張というのは――」
「ええ、そうです。ユーリックブレヒト公爵は、王族の方々の血統に連なるアシュバルム様を不当に囲い込み、洗脳。自らの傀儡とすることで、アシュバルム様が持つ権力を我が物にしようとしているのです!」
……それは、あなたがしようとしていることでしょうに!
思わず我慢出来ず、口を出しそうになった。
しかし身を乗り出した私を追い立てるように、傍聴席から声が飛ぶ。
「なんということだ!」
「まさかユーリックブレヒト公爵がそんなことを考えていただなんて!」
「私たちは騙されていたのか!」
ヤジに反応し、即座にクラムラクモリック伯爵が木槌を叩く。
「静粛に、静粛に! 今私語をした者たちをつまみ出してください」
先に宣言していた通り、クラムラクモリック伯爵はヤジなどを許す気がないらしい。
私語をした貴族たちの周りに、兵士たちが集まっていく。
部屋を追い出されそうになっている貴族たちが、口々に不平不満を吐き出した。
「おい、何をする!」
「触るな、放せ!」
「あれぐらいで何で追い出されないといけないんだ!」
「気にせず連れ出してください。裁判の進行の妨げになります」
クラムラクモリック伯爵が、彼らの主張を淡々と一刀両断する。
まだぶつくさ言っている貴族たちが、両脇を抱えられて部屋の外へと連れ出されていく。
ざわめく部屋の中、私は溜息を吐いた。
……全く、往生際が悪いですわね。
そう思いながら、私は部屋の入口へ視線を向ける。
ようやく部屋から出される貴族たちの口元を見て、私の背筋に怖気が走った。
彼らは、笑っていたのだ。
……まさか、全部ラルヴァ男爵の仕込みですの?
男爵の方へ振り向くと、彼も私の方を見て口角を吊り上げていた。
周りは敵だらけで、ラルヴァ男爵も目的のためには何でもするような相手だという事は理解していた。
……何人かの貴族は、もう買収しているとは考えておりましたけれど。
しかし、まだ彼の勝利が確定していない段階で、しかもこの序盤で他の貴族たちを使い捨てるような手段が使えるとは、想定していなかった。
「落ち着け、セラ」
動揺した私に、ユーリックブレヒトが小声で話しかけてくる。
「やつが小細工を弄しているのは、お前を脅威だと思っているからだ。だからお前は何があろうとも、堂々としていればいい。お前は、お前らしくあればいいのだから」
ユーリックブレヒトの言葉に、私はハッとなる。
……そうですわ。相手が何をしてこようとも、私がやることは変わりませんもの。
ユーリックブレヒトの無罪を勝ち取り、アシュを取り戻す。
私が夫に頷いた所で、クラムラクモリック伯爵が木槌を打つ。
「静粛に、静粛に! 退席が済みましたので、進行を続けたいと思います」
そしてクラムラクモリック伯爵が、ラルヴァ男爵へ視線を向ける。
「それではラルヴァ男爵。告発内容をまとめてください」
「問うべき罪は、先程申し上げました。王族への冒涜、この国に対しての汚辱のような行為ですが、そうであってもユーリックブレヒト公爵がこのクロッペンフーデ大王国で残した功績は非常に大きいのもまた事実。本来であれば死罪、と言いたい所ですが、爵位を剥奪し、僻地での隠居生活を求める所が落とし所ではないかと、吾輩は考えております」
……え? 死刑を求めませんの?
私は思わず、ユーリックブレヒトと顔を見合わせる。




