第63話
……どういうことですの? ラルヴァ男爵がユーリックブレヒトに対して死刑を訴えないだなんて。
ユーリックブレヒトも、困惑気に揺れる瞳で私を見る。
彼も牢屋で言っていたが、十中八九死刑になるというのが、私たちの予想だった。
もしユーリックブレヒトが生きていれば、ラルヴァ男爵に囚われているとはいえ、アシュは彼の存在を求めるだろう。
なにせアシュは、ユーリックブレヒトを本当に自分の父親だと慕っているのだから。
ラルヴァ男爵としては、徹底的にアシュを自分の意のままに操れる傀儡とするには、ユーリックブレヒトは死んでもらっていた方が都合がいいはず。
……でも、そうしないということは、何か事情がありますの?
そう考えている私をよそに、クラムラクモリック伯爵は裁判を進行させていく。
「ユーリックブレヒト公爵。ラルヴァ男爵はあの様に主張しておりますが、罪をお認めになられますか?」
「当然、反論させて頂く」
そう言ってユーリックブレヒトは、噛むように言葉を紡いでいく。
「そもそもラルヴァ男爵の主張は、全くのデタラメだ」
「デタラメ、ですか」
そう言ってラルヴァ男爵は、苦笑いを浮かべる。
「社交界でもアシュバルム様を他の貴族たちの御子息御息女と関わらせず、公務にも連れて行かずに屋敷に軟禁。これのどこがデタラメだというのですかな?」
「姑息な印象操作だな。アシュバルムをダシに俺に取り入ろうとしてきた貴族どもを遠ざけていただけであり、公務にも連れて行かなかったのはそういった手合から遠ざけるためであり、そしてアシュバルムの勉学を優先させるためだ」
「なるほど。言い訳はバッチリ用意してきている、というわけですかな」
「言ったはずだぞ? 姑息な印象操作だ、と。事実は事実としてそこに存在しているだけだ。その事象をどの様に受け止めるかで、それが人によって違う真実になることもある。余計な装飾を施して他のものへ要らぬ印象を植え付けたいやつのせいで、アシュバルムにも、そして妻にも要らぬ苦労をかけさせている。それが何よりも俺は許せない」
「なるほど。それはけしからんやつがいたものですな」
いけしゃあしゃあと、そうのたまうラルヴァ男爵を思わず私は睨んだ。
それをものともしないとばかりに、男爵は口を開く。
「ですが、口ではどの様にでも言えるもの。大切なのは客観性だと、吾輩は考えますな。ユーリックブレヒト公爵は如何にお考えで?」
「それについては同意しよう。そして客観性を追求するというのであれば、アシュバルム本人をこの場に呼ぶことを求める」
ユーリックブレヒトの言葉を聞き、ラルヴァ男爵は肩を竦める。
「何を言い出すかと思えば。吾輩は先程申し上げたではありませんか。ユーリックブレヒト公爵は、アシュバルム様を洗脳しようとしている、と。既に自分の意思で話すことが出来ないアシュバルム様をこの場にお呼びしたとしても、ユーリックブレヒト公爵に都合の良い話しかしないでしょう」
「では、逆に問おう。ラルヴァ男爵。貴様が俺を咎人とするのであれば、自身の告発についての客観性についてはどの様に証明する?」
「それについては、もちろん証明出来る用意が御座いますとも。クラムラクモリック伯爵。用意していた証人を二人呼びたいのですが」
「証人喚問ですね。よろしい。認めましょう」
クラムラクモリック伯爵が木槌を叩く。
そして次に彼が言ったセリフに、私は愕然となった。
「それでは証人、オスコ・ハゼプシールとトデンダー・クラウドコールを呼んでください」
「オスコと、トデンダーですの!」
「馬鹿な。あの二人は憲兵に捕らえられたはず」
「クラムラクモリック伯爵! 罪人の発言を裁判で採用するおつもりですの? こちらは息子と旦那の将来がかかっていますのよ!」
私の主張を聞いたラルヴァ男爵は、露骨に溜息をこぼす。
「いやはや、この裁判の本当の重要性が理解しておられないようですな、セラ公爵夫人」
「本当の重要性、ですって?」
「そうです、セラ公爵夫人。先程、吾輩が申し上げたではありませんか。ユーリックブレヒト公爵の罪は、王族への冒涜、この国に対しての汚辱のような行為である、と」
「それが、何だといいますの?」
「わかりませんか? ユーリックブレヒト公爵のしでかしたことは、このクロッペンフーデ大王国を揺るがす一大事なのですよ?」
「ユーリックブレヒトはあなたが主張するような、愚かなことはしておりませんわ!」
「ですから、それを正しく検証するために、今回は元々ユーリックブレヒト公爵に仕えていた元使用人たちから話を聞く必要があるのですよ」
「でしたら今仕えている使用人を呼べば――」
「それは、アシュバルム様をこの場に呼べない理由と同じですよ、セラ公爵夫人。ユーリックブレヒト公爵はアシュバルム様を洗脳されているお方です。であるならば、ジメンドレ前公爵夫人がご存命の頃から仕えている使用人はユーリックブレヒト公爵に十分に言い含められているでしょう。雇われて日が浅い使用人であっても、ユーリックブレヒト公爵に不利になる発言をしないような教育は施せるでしょうな」
「そんなの、全部あなたの憶測ではありませんの!」
「ですが、問われている罪が罪です。そうであれば、より信憑性の高い証人を選ぶのが適切でしょう。もちろん、彼女達を証人に呼ぶことは許可が出ているので可能となっているのですよ、セラ公爵夫人」
……問われている罪が罪って、勝手に問うているのはあなたではありませんの!
それに、オスコとトデンダーはラルヴァ男爵と共謀してアシュを誘拐しようとしたズブズブの関係ではないか。
しかし、この場所に彼女たちを呼べるということは、ラルヴァ男爵とオスコたちの関係は証明されていないのだろう。
それもまた不気味に感じてしまう。
……どうしてラルヴァ男爵と繋がっていたオスコやトデンダーといった使用人たちは、男爵との関係を憲兵に話しておりませんの? 正直に話せば刑の減軽をするという交渉ぐらいはされているでしょうに。
そう思いながらオスコとトデンダーを見る私には一瞥すらすることなく、彼女たちは兵士に引きつられて部屋に入ってきた。
二人は罪人なので、ユーリックブレヒトと同じ様に縄で手を縛られている。
オスコとトデンダーは、ユーリックブレヒトと同じ状態でいることをまるで誇るように、背筋を伸ばして告発人席に進んでくる。
そしてそこで止まると、オスコとトデンダーはユーリックブレヒトに向けて頭を下げた。
「ご無沙汰しております、ユーリックブレヒト様」
「この様な形でご挨拶をさせて頂く無礼をお許しください」
「……本当にそう思っているのであれば、この場には出てきて欲しくなかったがな」
そう言ったユーリックブレヒトは、微妙な表情を浮かべている。
長年彼に仕えてきた二人との邂逅に、彼の思うことがあるのだろう。
それがひどい裏切りを受け、そんな彼女たちを捕まえたのもユーリックブレヒトが直々に指揮を取っていた。
そんな彼に向かい、オスコはゾッとするような微笑みを浮かべる。
「ご心中、お察しいたします。ですが、あの時も申し上げたではありませんか。わたくしたちの行動が、真に正しかったと気づかれる日がくる、と」
その言葉に、私は彼女たちが捕まった時に言っていた言葉を思い出していた。
『たとえ今はご理解なさることはなくとも、聡明なユーリックブレヒト様であれば、いつか必ずお気づきになられるでしょう』
『わたくしたちのこの行動こそ、真に正しかったのだと。あなた様があるべきなのは、どのような状態なのか。それに気づかれる日が訪れるのは、そう遠くない未来になるはずです。いえ、なります』
「……そうか。つまり、あの時から全てこの流れは仕組まれていたのだな」
「それではこれより、証人喚問を始めます」
クラムラクモリック伯爵が木槌を叩き、裁判を進めていく。




