第59話
ソルヒの言葉に、私は頷く。
「そういうわけですの。だから私がスローさんから頂いたペンダントのことだって王子は最初からご存知でしたし、そもそも私が申し上げた内容は全て王子は認識しているものばかりだったはずです」
だから私はあの時、茶番だと思ったのだ。
……だって、皆知っていることをわざわざ伝えるだなんて、時間の無駄ですもの。
そう思っている私に、ショルミーズは疑問を口にする。
「ハイニクト第二十三王子が私たちを試そうとしていたのは、わかりました。でも、奥様は一体いつ、その事にお気づきになられたんですか?」
「もちろん、最初からですわよ」
「最初?」
「ええ、最初ですわ。もう一度、ハイニクト第二十三王子がこの部屋で一番最初に口にした内容を思い出してくださいませ」
繰り返しになるが、私は王子の言葉を思い出す。
『ハーバリスト? ああ、アシュバルムがいるユーリックブレヒト公爵にあてがった娘か』
「ハーバリストと聞いて、ユーリックブレヒトよりも最初にアシュの名前を出しておりますわよね? それはつまり、この国で働いてきたユーリックブレヒトという公爵よりも、その息子であるアシュの方を重要視している証ですわ」
そう言って私は腕を組み、自信満々に口を開く。
「私の愛する息子を優先される方が、悪い方だなんてあるはずがありませんもの。この方は、私たちの味方ですわ」
「そんな、大雑把な」
呆れたようなショルミーズの隣で、ソルヒが手を挙げる。
「でもでもー、奥様は最後本気で怒ってたじゃないですかー? あれも、ぜーんぶ演技だった、ってわけなんですねー」
「いいえ、違いますわ。怒っていたのは、事実ですわよ」
茶番に付き合うのも飽きてきたし、何よりハイニクト第二十三王子が動いてくれていたのであればアシュがラルヴァ男爵の手に落ちることなんてあり得なかった。
それに、ユーリックブレヒトが今置かれている待遇だって納得いっていないのは、事実だ。
私の方を見ながら、ハイニクト第二十三王子は苦笑いを浮かべる。
「ユーリックブレヒト公爵の軟禁場所については、既に口添えしておる。今頃人が生活しても苦にならんような場所に移動されているはずだ」
「アシュの方はどうですの? 今からあなたの力でラルヴァ男爵の屋敷を襲って、アシュを取り戻す方法だってあるのではなくって?」
「無茶を言うな。あれでもこの国の貴族だ。あんな奴であっても、な」
特大の溜息を吐いて、ハイニクト第二十三王子は口を開く。
「いくら私たち王族がこの国の頂点に陣取っていても、その直下にあたる貴族たちへ大義名分なく罰することはできんのだ」
「大義名分なら、アシュを連れ去った、で十分ではありませんの?」
「アシュバルムに流れる血が問題なのだ。あの子に流れるジメンドレの血は、穏便に王族から追放していった(貴族に格下げした)血だ。既にあの血族に温情を下している以上、私たち王族としても出来ることが限られている」
その言葉に、私は憤慨した。
「そんなの、今を生きるアシュには関係ない話ではありませんの! 過去の祖先のやらかしであの子が今辛い思いをしなければならないだなんて、間違っておりますわ」
「その通りだ。そして、改めて詫びよう。先程は試すような真似をして、すまなかった」
流石に王族として、ハイニクト第二十三王子は公爵家婦人に頭を下げることは出来ないようだ。
しかし、精一杯の誠意として、王子は目礼ぐらいはしてくれた。
彼は私をアシュと同じ瞳で見ながら、口を開く。
「アシュバルムは、とてもジメンドレと同じ血が流れているとは思えないほど聡明だと聞く。それはユーリックブレヒト公爵が彼を守ってきたことも関係するのだろう」
「……ちょっと、母親の私の事をお忘れですの?」
「無論、君の功績も知っている。アシュバルムは、セラ公爵夫人が着てから、良く笑うようになった、とな」
その言葉に、私は疑問を口にする。
「それがわかっていながら、どうして改めて私を試すような事をしたのです? それに、ハイニクト第二十三王子はいつから、そしてどこからアシュの事を監視しておられたのですか?」
「まずは、最初の疑問に答えよう。君がもし、ただアシュバルムに対して優しいだけの母親だったのであれば、ユーリックブレヒト公爵の裁判への同席を辞めさせようと思っていたのだ」
そう言ってハイニクト第二十三王子は、眉にシワを作る。
「優しい母親は、子供と良く接し、より良い方向へ導いてくれるだろう。だが、ラルヴァ男爵が用意する裁判では、優しいだけでは勝つことは到底不可能だ。先ほども言ったが、あんな奴でも貴族は貴族。このクロッペンフーデ大王国という国で、自分の意見を押し通す方法や道筋は、既に用意しているだろう。故に、今必要なのは優しいだけではなく、厳しく、そして強い存在なのだ」
そのハイニクト第二十三王子の言葉は、非常に重いものだった。
この国のトップであり、更に継承権の三十番以内ということもあり、外の国から嫁いできた私には、到底計り知れない権謀術数の数々をくぐり抜けてきたのだろう。
「ですが、そうした事情をお話頂けたということは、私を信用してくださった、と考えて問題ないのですわよね?」
「及第点、といった所だ。感情的になりやすい、という欠点はあるが、その感情は怒りだけでなく、家族に向ける優しさとして持ち合わせている。そして何より、この土壇場でスロー・リルム・フロブス・シャクローデー・ブリン・ケフェーン第十二幸座様と国を出る前に再会し、二つ十字を賜って裁判に滑り込める豪運が気に入った」
「そうですの、って、それは最初から合格ラインに達していた、と言うことではなくって?」
「だから、マイナスも含めて評価したかったのだ。無論、口と頭がどの程度回るのか、も確認したい項目ではあった」
そう言ってハイニクト第二十三王子は、改めて口を開く。
「繰り返すが、ラルヴァ男爵は裁判で全ての決着を付ける算段を整えているはずだ。あの男がどれだけ策略を練ろうとも、しかしアシュバルムに流れるのはジメンドレの、穏便に王族から追放していった血。どれだけ数を増やそうとも、王族と並び立つことは出来ない。どれだけ時間と金をかけようとも、血を濃くすることはできんのだ。そして、それも奴はわかっているだろう。手に入れれるのは、精々公爵程の地位でしかない、と」
「それでも、ラルヴァ男爵は止まりませんのね」
「止まらないからこそ、注意が必要なのだ。奴は権力に執着する貴族であっても、その執着心は異状なものだ。生半可な心構えで相対すれば、あっという間に飲まれるぞ」
「なるほど。それで、強い母親でなければ裁判に連れていけなかったのですわね」
そう言って私は、苦笑いを浮かべる。
「アシュの血の件もあり、王族の方々はラルヴァ男爵が起こすユーリックブレヒトの裁判に関与出来ない。だから私に裁判でラルヴァ男爵を倒して、今のうちに危険分子を始末したいと、そういうお考えなのですわね」
「君とユーリックブレヒトとの離婚については、私の方で無かったことにしておく。君は君で、成すべきことを成し給え。いや、したいことをしに行け、と言った方がよかったかな?」
……あくまで、私が独断でやるだけだと、そういう事にしたいのですわね。




