第58話
「ピクサーリーフ幸国出身であれば、十八幸座のお一人の言葉を謀る意味、もはや忘れているわけではあるまいな?」
「もちろんでございます、ハイニクト第二十三王子。罰せられる罰せられない以前に、そもそも恐れ多くもそのような事すら考えたことすらございません」
「……確かに、それもそうか」
その言葉に、ハイニクト第二十三王子から鋭い視線を向けられていたショルミーズが、ホッとしたように胸を撫で下ろす。
だがその射殺さんばかりの視線は、すぐに私の方に向けられた。
「お前は、スロー・リルム・フロブス・シャクローデー・ブリン・ケフェーン第十二幸座様の助言を受けて、何故戻ってきた?」
「……何故、といいますと?」
本当に質問の意味がわからず小首をかしげる私に、ハイニクト第二十三王子は口を開く。
「お前は、別にグルクルトス教の教徒でも何でもあるまい。それなのに、どうして偶然サーカスの観客席で隣になったあのお方のお言葉を信じるつもりになった? もしかしたら不敬にも、第十二幸座様を偽っていたかもしれんではないか」
そう言われて、私は確かに、と心の中で頷いた。
第十二幸座の持つ二つ十字の実物なんて、私は生まれて今日まで見たことがなかった。
だから、もしスローが虚言癖を持っていたり狂人の類で十八幸座の第十二幸座だと振る舞っていた可能性もある。
しかし――
「そんなの、関係ありませんわ」
「関係ない、だと?」
「そうです。そもそも私がスローさんの言葉を信じたのは、信じようと思ったのは、あの方が第十二幸座だからではありませんもの」
「ならば、何故信じることが出来た? 信じようと思えたのだ?」
その答えは、一つに決まっている。
「だって、同じ母親ですもの」
口にしてみて、やっぱりそうだよな、と確かめるように頷いてから、更に私は言葉を紡ぐ。
「あの方は、私と同じ一人の息子の母親です。スローさんのグラルくんに対しての接し方から、彼女は信頼に足る人物だと私は判断しましたわ」
それに――
「それに彼女は、私の愛しい息子に良くしてくださいましたもの」
スローがいなければ、アシュはサーカスの観客席で怪我をしていたはずだ。
それに彼女がいたから、アシュにグラルという同世代の友達と呼べる存在が出来たのだ。
そんなスローの言っていることが、全くの嘘だとは私には到底思うことは出来ない。
「そして、仮にそれらが全て嘘であったとしても、私には戻ってこなければならない理由がありましたもの」
「ほう?」
そう言うとハイニクト第二十三王子は、興味深そうに目を細める。
「かのお方がスロー・リルム・フロブス・シャクローデー・ブリン・ケフェーン第十二幸座様ではなかったとしても、お前は故郷に帰らず、戻ってきた、と?」
「ええ、その通りですわ、王子」
「……面白い。では、聞かせてくれないか? その、理由とやらを」
「簡単ですわ」
そう言って、私は淡々とした口調でハイニクト第二十三王子へと告げる。
「私、アシュの母親ですもの。あの子がピンチだと聞かされたのであれば、恥も外見もなくどこへだって馳せ参上いたしますわ」
「たった、それだけの理由で?」
「たったそれだけ、ですって?」
そう言った私の声色に、ショルミーズはマズい、という表情を浮かべ、ソルヒは、やっぱりねー、と溜息を吐いた。
しかし、これは私は悪くはない。
悪いのは、あんな発言をしたハイニクト第二十三王子の方だ。
だから私は、口を開き、声を大にして抗議する。
「愛する息子のために行動を起こして、一体何が問題だというのですの? そもそも、アシュがあんな目に会っているのは王族のあなただってご存知のはずですわよね? 私の行動がおかしいとおっしゃるのであれば、ラルヴァ男爵の行動をあなたの力で止めればよかったではありませんの? そもそも、アシュのユーリックブレヒトへの懐きようを見ていれば、男爵の言葉が嘘八百だというのは自明の理ではございませんこと? そうそう、ユーリックブレヒトと言えば、彼への今の処遇はどうお考えで? 如何にアシュを連れ去ったという冤罪をかけられているとは言え、これまでクロッペンフーデ大王国に尽くしてきた公爵ですわよ? それが、牢屋に軟禁だなんて常識的に考えてもおかしいですわ! あの人の妻として、もっとちゃんとした部屋を用意すべきだと進言いたしますっ!」
「お、奥様!」
「そーれぐらいにしておきましょーか」
「ちょっと、止めないでくださいませ、ショルミーズ、ソルヒ! 私、まだ言いたいことがありましてよっ!」
「ユーリックブレヒト公爵は」
ハイニクト第二十三王子の言葉に、使用人二人は肩を震わせる。
元々ユーリックブレヒトに付き従っていた彼らにとって、私の行動でユーリックブレヒトが今以上に不利になるような事態は避けたいのだろう。
しかしそんな彼らとは対照的に、ハイニクト第二十三王子はさも可笑しそうに笑いながら、言葉を重ねる。
「次の嫁は、当たりを引けたようだな。いや、最初の嫁は自分で引いたのではなく、引っ張られた側だったか」
その言葉に、私は溜息を吐く。
「出過ぎた真似かもしれませんけれど、一つ忠告をしておいて差し上げますわ。そうやって悪ぶって人をモノ扱いするような物言い、やめた方がよろしくてよ? 品位を疑われますわ」
「忠告痛み入るが、私も王族として偉ぶって話す必要があってな。許せ」
「あ、あの……」
「どーゆーことなんです? 奥様」
急に打ち解けたように話し始めた私とハイニクト第二十三王子を見て、ショルミーズとソルヒが何が起こったのかわからないとでも言うかのように、互いに顔を見合わせる。
そんな二人を見ながら、私は嘆息しつつ口を開く。
「最初から私たちは、ハイニクト第二十三王子に試されていた、というわけですわ」
「でも、何を確かめられていたのですか? 奥様」
「決まっておりますわ。本当に、ユーリックブレヒトを助けるために裁判に送り出してもいいのか、ということですわ」
ショルミーズに答えた内容は、つまりは私とユーリックブレヒトの婚姻関係を継続させてもいいのか? という確認行為だ。
そう思いながら、私は更に言葉を紡いでいく。
「そもそも、最初の会話からして変ではありませんでしたこと?」
「変、ってゆーと、どーゆーことなんですか?」
「私たちがこの部屋に入ってからハイニクト第二十三王子が言った、第一声ですわよ。ソルヒ」
そう言って私は、王子がこちらに向けて言った言葉を思い出していた。
ハイニクト第二十三王子は、最初にこう言ったのだ。
『ハーバリスト? ああ、アシュバルムがいるユーリックブレヒト公爵にあてがった娘か』
「グルクルトス教の教徒である王族の方であれば、十八幸座のお一人から予言を承った事を伝えればすぐにお時間を作ってくれるはず。ショルミーズはそうおっしゃっておりましたわよね?」
「あー、そーゆーことですか」
納得したように、ソルヒは頷く。
「つまり、私たちがこの部屋にとーちゃく出来た時点で、ハイニクト第二十三王子は私たちがどーゆーよーけんで部屋に訪れたのか、知っていないとおかしい、ってわけですねー」




