9話
登山初心者のよくある考え方を一つ妄想している。それは山を降りればどこかしらの道に辿り着くというものだ。こういう事を考え始めると破滅の香りが漂ってくる。
300メートルは登ったであろう地点で下界を見下ろしてみる。景色を楽しめるように都合よく木々が切り開かれたスポットなど存在せず鬱蒼と茂っている枝葉のカーテンからかろうじて平地を探す。見渡す限り、緑に覆われており平地と傾斜地の区別などつけられない。
まだ汗が流れるほど空気は温かく、ある種の心地よさがある。
午後3時を過ぎた。
傾き始めた太陽から放たれる焼けた小麦色の光が大きく不安を掻き立てる。
結論を云うと僕は遭難した。
「あれが不味かったよなぁ」
別荘村より高い位置に何らかの装置があるのではないかと思い、その場所に続く正規の登山道と思しき踏みしめられた獣道を見つけたことで確信に至った。そこをただひたすらに登り続ければよかったのだが、僕は大いなる過ちを犯した。
僕の考え方はこうだった。
浄水装置のようなものが存在するとしてその運搬には車が不可欠であり、従って車道がどこかにあるのではないかと考えた。僕は正規の登山道を歩きながら脇見を繰り返し、車道を探し続けた。近くに車道がある、あるいは正規の登山道と交差する地点があると思っていた。
目論見通り、あった。
僕は急傾斜かつ枝葉が纏わり付く登山道から車道に出た。車道はトラック一台分は通れる程度の幅があり、砂利道ではあったが、長く浅い坂道は快適な歩行を保障する。まず上半身が自由になるのが良い。茂みのカーテンは幾億にも重なり、常に両腕で頭を守り防御態勢を強いられた。車道の砂利道へ躍り出た瞬間の開放感たるや凄まじく、僕の口端も自然と綻んだ。
故に僕は車道を進んだ。それが間違いだったのだ。
整備された道を1時間程歩いて、もこもこと土の体積した壁にぶつかった。行き止まりだ。盲信していた車道は頂上に続く道ではなかったのだ。汗で心地よく冷えていた僕の体に、悪寒が走った。
温かいはずなのに体はしばし震えた。
この時に僕の目は狂ってしまったのだ。目の前の行き止まりを雪崩による自然物だと錯誤した。
行き止まりであるならば、一連の車道は頂上を目指したものではなく雪崩の崩落を防ぐためのものだ。コンクリートで多少なり補強されていてもおかしくないし、標識もあって良い。そう妄想した僕は行き止まりを登り始めた。ある程度まで進めば向こう岸の車道が見えてくると。
後戻りができなくなるほどに歩いた頃、道なき道を振り返って僕は正気に戻った。
枯れ葉の絨毯と枝葉のカーテンはどれも見覚えがなく、見覚えがあった。
ただひたすらに雑多な光景を見て、自分の進んできた軌跡が全くもって解析できなかった。
魂が抜けたようにその場で座り込んだが、太陽のぬくもりが僕の体を動かした。
僕は当然死にたくなかったので正気を失ってみることにした。
山を降りても何もないのは明白だったので、登ってみることにしたのだ。
大口を「あ」の字に開けて僕は時々うめき声を上げながら、猛然と山を駆け上がった。
顔面の皮膚を斬りつける硬い葉を払い除けること幾百万。
古式ゆかしい瓦屋根を緑のカーテンの奥に見た。
はっとして、僕は手をついて益々斜面を登る速度を上げた。四足歩行の獣になったような気分だった。
藪を抜けた先にそれはあった。
瓦屋根に白い漆喰が塗りたくられた壁の土蔵が目の前に現れた。
土蔵はほどほどに大きく、大型トラックを駐車できるほどの幅と奥行きがあった。
扉もなく、真っ暗闇の中に身の丈を上回る水色の大きな箱があった。浄水装置だとすぐに分かった。「誰かいますかあ」
いるはずもないと思いながら僕は喜々として声を張り上げた。小児的な様式美に興じるほど僕はハイになっていたのだ。
「いますが」
奥から声がした。そう来るとは思わなかった。
ひい、と唾を飲み込もうとしたら気道に入ったらしく僕は口を抑えてむせた。
「宝田さんから聞いています。私は本堂小春と申します」
オレンジ色の登山ウェアを着た少女が顔を出してきた。
読んでいただきありがとうございます。
うーむ。。。まだ登場人物紹介が終わらない
これは読んでくれている人にどう映るんだろうか




