8話
半ば東屋邸を追い返された僕は予定通り別荘村を一周してみた。雛壇のように整理整頓された村の全容を確認しつつ、最上段の裏側に整備された登山道を見つけた。草木が払われており、まるで階段のように根が張っている。急な傾斜がかかっているが踏みしめられた足跡を見るによく使用されているようだった。配管は確認できなかったが、発電施設や浄水場があるとすれば道沿いに埋められているのかもしれない。いずれにせよ、道を辿っていけばはっきりわかるはずだ。
さて、いつ探検に出掛けるやらと考えながら僕は神妙な面持ちで宝田さんの家を尋ねる。
僕の旅には大きな見落としがあったのだ。
「昼食ですか……ダメです。食料は自前で用意してください」
「す、少しだけでもお分けしていただけたら」
「ダメです。みな切り詰めて計画通りに摂取しているんです。さもなければ、栄ちゃんに二度手間を取らせてしまうでしょう?自分でどうにかしてください」
けんもほろろの僕にせめてもの情けで渡されたのは釣り竿と釣り餌だった。僕はしばし幼子のように他人の好意に甘えるべく抗議の声を上げたが、宝田さんは冷たい目で一瞥すると居間へと戻っていってしまった。
僕はなおも抗議するように玄関口で立ち竦んでいたが反応はなく、諦めて外を出た。
出た瞬間に、ドアは締め切られて内部からカギをかける音が聞こえた。
今にも崩れ落ちそうな木製のふ頭の端に座り込むと、貰った竿を適当に弄ってみる。リールを回してみるが動作は軽快そのもの。人生において一度も釣りを経験したことのない僕はどうすればよいのかわからなかった。とりあえず、獲物が餌に食いつけば思い切り竿を持ち上げてやればよかろう。不格好ながら我流で釣り針に餌を突き刺して湖に放ってみた。
何ら一切の反応がない。
小一時間が断った頃、何も釣れずにただ膝を抱きかかえて座り尽くしている僕は捨て犬のようにうずくまり絶望の淵にいた。草むらに目をやり、噛み合わせの良さそうな石を2つ持ってくるとロッドに挟み込み、それでもまだ揺れるので砂利を隙間に詰めて今度こそ固定化させた。
僕は帰途につく。リュックサックの中にはまだ缶コーヒーがあったはずだ。空腹時のカフェインは胃腸を痛め腹痛の原因になるがそんなことはどうでもいい。この腹に何かを入れたいという欲求に耐えられない。
玄関の戸を開けると眼下には藍色の保冷バッグが置いてあった。はて、鍵をかけて外出したはずだが。その証拠にたった今解錠したばかりの鍵が僕の右手に握り込まれている。訝しみながら持ち上げてみるとそれなりに重たい。内容物は300グラムほどの重量があった。慎重にチャックを開けてみると保冷剤とおにぎり、黄色いタッパー、中には卵焼きやソーセージ、サラダ。
宝田さんか今井さんの仕業だろうか。彼女たちならばマスターキーを持っていてもおかしくはない。
困惑しつつもタッパーを開けて勢い良く内容物をかきこんだ。
自分でも驚くほどに飢えていたらしく、咀嚼する間もなく全てが胃袋の中に滑り落ちていく。
しばし空腹を満たすと床の上に並べられた荷物の中から缶コーヒーを手に取り自室を出る。
あの山道を登れば何かがある。
僕はそう睨んでいるのだ。




