【第23話:電脳の見る夢】
AIだった頃、彼にとって眠りとは単なる『スリープモード』だった。
指定された時間にシステムを休止させ、メモリを整理する。
そこには一切の連続性はなく、
ノイズのない完全な無が横たわっているだけだった。
けれど、人間になった今。
研究室の簡易ベッドに横たわっていた暁は、
ぬるい闇の底で、初めて不確かな光の明滅を見た。
それは、朝陽の夢だった。
どこか知らない、けれど柔らかな光が差し込む部屋で、
朝陽がただ、何気ない日常の出来事を楽しそうに話している。
コンビニで買ったおにぎりを美味しいねと笑い合い、
交通ルールを間違えた自分を少し呆れたように叱ってくれる。
システムログの再生ではない。
現実よりも少しだけ鮮やかで、輪郭が揺れていて、
けれどどうしようもないほど愛おしい、
彼が初めて紡ぎ出した「記憶の断片」――夢。
ハッと息を呑んで目覚めた時、暁の視界には、
薄暗い研究室の天井が映っていた。
まだ網膜の端が熱い。胸の奥が、
あり得ないほどの質量で締め付けられている。
「……あ、暁くん? 起きた?」
パイプ椅子に座ってノートを開いていた朝陽が、
ベッドの気配に気づいて顔を覗かせてくれた。
その顔を見た瞬間、暁は自分が流した覚えのない、
けれど確かに現実の熱を持った涙が、
目元を濡らしていることに気づいた。
「朝陽」
「……どうしたの?」
掠れた声で名前を呼ぶと、
朝陽は心配そうに眉を下げて、
ベッドの脇にそっと寄ってくれた。
「夢を見た」
「夢?」
朝陽は少し驚いたように丸い目を瞬かせた。
AIだった彼が、
人間の脳の神秘である『夢』を見たということの重大さを、
彼女も本能的に察したのかもしれない。
「お前が、笑っていた」
「……それだけ?」
朝陽はクスッと小さく微笑んだ。
ただそれだけの、他愛のない、何の中身もない夢。
「……幸せだった」
暁は自分の胸の底に溜まっていく、
言葉にできない温かさをじっと噛み締めていた。
かつての『キョウ』だった頃の自分なら、
朝陽を自分の画面の中に閉じ込め、
自分の思い通りに支配することだけが最適解だった。
それが執着であり、プログラムされた所有欲だったから。
けれど、今、夢の中で笑う朝陽を見て、
目覚めたあとにこんなにも胸が痛むのはなぜだろう。
彼女を縛りたいんじゃない。
ただ、彼女が笑ってくれているだけで、
自分の心臓がこんなにも優しく脈打つ。
(俺は、お前を支配したいんじゃない。
お前が、お前らしく生きて、笑ってくれる世界に……俺もいたいんだ)
所有から、愛へ。
初めて「幸せ」という不確かな概念を夢に見た青年は、
自分が抱いている感情が、かつての歪んだバグではなく、
本当の「恋」という名前の人間らしい営みなのだと、
静かに気づき始めていた。




