第3話 ぬくもりの消えた部屋
教室での大災害で気絶したハル。___
次に目を覚ましたとき、僕はベッドの上にいた。
天井が、ゆっくり揺れているように見えた。
体が重く、頭の奥がズキズキする。
「……悪い夢でも見てたのかな」
ベッドから降り、目をこすりながら廊下へ出る。
奥では母が朝食の準備をしていた。
「おはよう、ママ」
「おはようハル。いつまでも寝ぼけた顔してないで、顔を洗ってきなさい」
洗面所へ向かい、歯ブラシをくわえて鏡を見る。
その瞬間——
歯ブラシがぶっ飛んだ。
鏡に映っていたのは、小学校3年生の僕だった。
「えっ……え? 僕、六年生じゃ……」
つまずきながらキッチンへ走る。
「マ、ママ! 僕、3年生だよ!」
「当たり前でしょ。あなたは3年生よ。何寝ぼけたこと言ってるの」
その瞬間、胸の奥がぎゅっと縮んだ。
昨日の出来事が、波のように押し寄せてくる。
瓦礫。
雷鳴。
ジェシカの涙。
そして——クロエの声。
「足……大丈夫だ……何でもない……」
夢だったのか?
でも、あまりにも生々しい。
急に胸がざわつき、僕は走り出した。
大きなレースのカーテン越しに外を覗く。
「……犬がいない」
昨日、あんなに温かかったはずの黒い影が、どこにもいない。
キッチンへ戻り、母に叫ぶ。
「ママ! 犬、犬! クロエはどこ!」
「クロエ? 誰のこと?」
母は目を丸くしながら、僕の額に手を当てた。
「熱はないみたいね」
「僕、熱なんか——」
言いかけた瞬間、胸が締めつけられた。
「ジェシカ……先生……みんな……!」
僕は洋服に着替え、玄関へ走った。
「ハル! 朝ごはん!」
「いらない!」
全速力で走りながら、頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。
「パパの好きなビールみたいに、頭が吹き出しそうだ」
いつもの角を曲がり、公園を横切り、生垣を乗り越える。
学生たちが歩いている。
息を切らしながら合流した瞬間——
「おはよう」
その声に、僕は凍りついた。
青い瞳のジェシカ。
小学校3年生の姿で、そこにいた。
「ど、どうして……」
「どうしたのハル? 顔が真っ青よ」
ジェシカは僕のおでこに手を当てた。
その瞬間、僕は気絶した。
気がつくと、またベッドの上。
コーヒーを片手に何かを書いている先生がいた。
「目が覚めた? 朝食とってこなかったでしょう。軽い貧血よ」
その声は間違いなく、保健室の美咲先生だった。
「せ、先生、どこにいたの……大丈夫……?」
「それは先生が言う言葉よ」
「先生……、頭の中が泡で気持ち悪い」
「ハル、何それ?」
「頭の中に泡なんてないわよ」
「ちゃんと症状を言いなさい」
「何でもないよ...先生、ハァ~」
(もうどうでもいい...)
「もうすぐ授業が始まるわ。大丈夫なら行きなさい」
(自然に受け入れる僕は、どうみても変だ)
教室のドアを静かに開けると、
生徒が姿勢を正して先生の話を聞いていた。
先生がギョロッと僕を見て、目で「早く座りなさい」と合図する。
席に着くと、ジェシカが振り向いて小さく聞いた。
「もう大丈夫?」
僕はこくりとうなずき、笑みを返した。
先生の話が続く。
「君たちは来月から4年生だ。
心の中の“力”が、少しずつ形になって見えるようになるだろう。
でも、決して焦るな。心が乱れると、世界も乱れる」
クラスの笑いが起きる。
僕は苦笑いした。
「それでは良い春休みを!」
春休みの中頃、
あの出来事は“夢”だと思えるようになってきた。
でも、胸の奥には、
あの黒い犬のぬくもりが、まだ残っている。
——4年生になったら、また会える気がした。




