第22話 遥斗の心の声。
海は変わらず穏やかだった。
タケシとクロエは遠くで追いかけっこをしている。
ジェシカは波打ち際でしゃがみ込み、
貝殻を拾っていた。
遥斗はパラソルの下で、
その姿をぼんやり見ていた。
(……何してるんだろ)
そんなことを思いながら、
気づけば視線が向いている。
ジェシカは貝殻を手のひらに乗せると、
嬉しそうに微笑んだ。
その表情を見た瞬間——
胸の奥が、ふっと温かくなった。
(あ……)
理由はわからない。
ただ、
嬉しそうな顔を見ていると、
自分まで少し嬉しくなる。
ジェシカが振り返った。
「ハルー!」
大きく手を振る。
遥斗も慌てて手を振り返した。
その瞬間、
ジェシカは満足そうに笑った。
ただそれだけ。
ただそれだけなのに——
胸の奥が落ち着かない。
遥斗は視線を海へ逃がした。
波が寄せては返す。
空は青い。
クロエは遠くでタケシを追いかけ回している。
いつもと同じ夏の日。
それなのに、
なぜか今日だけは違って見えた。
(……なんなんだろうな)
ジェシカの声が聞こえる。
笑い声が聞こえる。
そのたびに胸が少しだけ騒ぐ。
嫌じゃない。
むしろ心地いい。
だけど、
少しだけ落ち着かない。
遥斗は小さく息を吐いた。
そしてもう一度、
ジェシカへ視線を向ける。
彼女は何も知らずに笑っていた。
その笑顔を見た瞬間、
胸の奥で何かが静かに揺れた。
(……ジェシカの傍にいたい)
その言葉だけが、
波の音に混じって胸の奥へ残った。
そのときだった。
少し離れた波打ち際でタケシといたクロエが、
いつの間にかハルの背後にいた。
じっと遥斗を見つめる。
「えっ!」
自分の声で、ようやく我に返る。
クロエは砂浜を低く構え、
まるでサメが獲物を狙うように
ゆっくりと、しかし確実に距離を詰めてくる。
ダダン……ダダン……
「……え、ちょ、クロエ? なんでこっち来るの?」
クロエは答えない。
ただ、じりじりと迫ってくる。
健志だけが状況を理解していた。
「ハル……逃げろ……!
お前、今……ジェシカのこと……見たろ……!」
「えっ!?」
「ち、違う!
ただ見てただけだ!」
言った瞬間、
(いや、見てたのは本当だけど!)
その瞬間、クロエが地面を蹴った。
「わあああああああああ!!」
遥斗は反射的に逃げ出した。
クロエが全力で追いかける。
ジェシカはぽかんと口を開けたまま。
「え……なにこれ……?」
ジェシカは目をぱちぱちさせた。
「ちょ、ハル!? なんで逃げてるの!?」
健志は砂浜に座り込みながら、
悟ったように呟いた。
「ジェシカ……クロエはな……
“男の目線”に敏感なんだよ……」
「え? どういう意味?」
「……そのうちわかる……」
ジェシカはますます首をかしげた。
砂浜の向こうでは、
遥斗が必死に逃げ、
クロエが全力で追いかけていた。
その光景は、
夏の海に響く笑い声とともに、
いつまでも続くように思えた。
——この夏が、
後になって“特別だった”と気づくのは、
もっとずっと先のこと。




