第10話 ジェシカの悲鳴?に、クロエはロックオン
審査が終わると、クロエはくるっと背を向け、僕の足元に戻ってきた。
完全に——
「ハルは私のもの」
という態度だった。
ジェシカは悔しそうに眉を寄せた。
「……あの、クロエ。私は敵じゃないのよ?」
クロエは、ちらっとジェシカを見る。
その視線は、明らかに“ツン”。
ジェシカは、焦ってバッグを探り始めた。
「えっと……クロエ、これ……どう?」
取り出したのは、小さなハンカチに包まれたクッキー。
雪江が目を丸くした。
「まあ……ジェシカちゃん、手作り?」
「う、うん……ハルに渡そうと思って……
でも、クロエも……食べられるかなって……」
クロエは、長い長い“くんくんチェック”のあと、
ふいっと顔をそらした。
「えっ……!」
「クロエ、初対面の人の食べ物は食べないんだ……」
「そ、そんな……!」
クロエは僕を見上げて「わふ」。
完全に
「そんなもので騙されないから」
という態度だった。
ジェシカは、気を取り直し、今度はリボンを取り出した。
「クロエ、これ……似合うと思うの!」
クロエは、一瞬だけ目を丸くしたが、
リボンを近づけられると後ろにぴょんっと跳ねて避けた。
「うそでしょおおおおお!!」
雪江は、肩を震わせて笑いをこらえる。
ジェシカは涙目になりながら、両手を広げた。
「クロエ……!私はあなたの味方よ……!
ハルのこと大事に思ってるの……!だから……お願い……!」
クロエは、驚いたように僕の後ろから顔を出し——
ぺろっ。
ジェシカの指先を舐めた。
「……っ!!」
雪江が微笑む。
「ええ。クロエなりの“第一段階クリア”よ」
ジェシカは、感動で目を潤ませた。
クロエは、僕の足に寄りかかりながら、
ちらっとジェシカを見て尻尾を一回だけ振っただけ。
「わふ(まあまあかな?)」
ジェシカも、クロエの変化に気づいたようだった。
ジェシカは両手を差し出したまま、
今にも泣きそうな声で続けた。
「クロエちゃん……
私……ハルのこと……すごく……すごく……!」
クロエの耳がぴくっ。
ジェシカは、覚悟を決めたように叫んだ。
「好きなの!!
だから……仲良くして……!!」
「どう言えばいいの……!
クロエちゃんの大切なハルが……
私は、好きなの……!」
その瞬間、クロエの耳がぴくっ。
しっぽがブンッと跳ね上がる。
次の瞬間——
「わふっ!!」
クロエがジェシカにダイブ。
「きゃあああああっ!!」
ぺろぺろぺろぺろ。
尻尾ぶんぶん。
ジェシカは、嬉し泣きに変わっていた。
僕はというと——
(“好き”って……えっ……?)
胸が熱くなる。
だがその瞬間——
「っっっははははははははは!!!!」
雪江の大爆笑が玄関に響いた。
「ジェシカちゃん……“好き”って……!
クロエのスイッチ入っちゃったじゃない……!!
あははははは!!」
ジェシカは真っ赤になって叫ぶ。
「ち、違うの!!
“好き”って……その……!
ハルを……その……!!
ああああああああ!!」
クロエは、そんな混乱など気にせず、
ぺろぺろ攻撃を続けた。
ジェシカは、嬉しい悲鳴を上げながら、
クロエを抱きしめた。
クロエ、完全にジェシカへロックオン
家に上がると、クロエはジェシカの足にぴたっとくっついた。
ジェシカが、歩くとクロエも歩く。
止まると止まる。
振り返ると見上げてくる。
「……ついてきてる……?」
尻尾ふりふり。
リビングに入ると、雪江がお茶を出した。
「ジェシカちゃん、どうぞ座って」
「は、はい……」
ジェシカが座ろうとすると——
ぽすっ。
クロエが先に座った。
「えっ!?ちょ、クロエ……そこ……!」
どかない。
完全に「ここは私の席」。
ようやく横にずらしてお茶を飲もうとすると——
ぴとっ。
クロエが膝に前足を乗せた。
「ひゃっ!?ちょ、ちょっと……!」
腕をぺろっ。
「ひゃあああああああ!!」
ジェシカの悲鳴が響く。
トイレに行こうとすると、
クロエがついてくる。
「だ、だめよクロエ……ここは……!」
「わふ(行く)」
「ひゃああああああああ!!」
雪江は、笑いながら言った。
「完全に気に入られたわねぇ……」
クロエの後に続きジェシカは、息を切らして戻ってきた。
「はぁ……はぁ……クロエちゃん……すごい……」
クロエは誇らしげに胸を張る。
ジェシカは膝をつき、頭を撫でた。
「……ありがとう。仲良くしてくれて……」
クロエはぺろっ。
「ひゃあああああああ!!かわいい……!!」
雪江は微笑んだ。
「ジェシカちゃん、クロエに気に入られるなんて……
あなた、本当にすごいわよ」
ジェシカは照れながら笑った。
クロエはジェシカの足にぴとっと寄り添い、
満足そうに目を細める。
気づけば、
女子三人(?)だけで盛り上がっていた。
「ねえ、ジェシカちゃん。実はね、ハルは家で——」
「えっ、そうなんですか!?」
「ワン! ワン!」
2人と一匹は、ハルをそっちのけで盛り上がった。
ジェシカは嬉しそうに話し、
雪江は大笑いし、
クロエは「ワン! ワン!」と合いの手を入れる。
ハルは、ただただ、おどおどするだけだった。
しばらくすると、クロエはジェシカの膝で眠ってしまった。
「かわいい……」
ジェシカはそっと立ち上がり、
クロエを起さないように静かに帰っていった。
玄関の扉が開き、しげるの落ち着いた声が家に戻ってきた。
「ただいま」
「おかえりなさい、あなた」
雪江は、いつもより少し柔らかい笑顔で迎えた。
「クロエは?」
「もう寝たわ」
「こんなに早く?具合悪いのか?」
雪江はくすっと笑い、首を横に振った。
「いいえ、あなた。実はね……」
夕食の支度をしながら、雪江は今日の出来事をゆっくり話した。
ジェシカの礼儀正しさ、クロエの“審査”、
そして最後にはジェシカにべったりになって眠ってしまったこと。
しげるは目を丸くし、そしてふっと笑った。
「いいなぁ……俺も一緒に居たかったよ。
クロエがそんなに懐くなんて、珍しいじゃないか」
「ほんとにね。あのジェシカちゃん、すごくいい子よ。
ハルのことも一生懸命で……見ていて気持ちがよかったわ」
しげるは腕を組み、どこか嬉しそうに頷いた。
「そうか……楽しみだな」
「ハルのガールフレンド、今度ちゃんと紹介してもらわないとな」
雪江は少し照れたように笑った。
「ふふ……あなた、そういうの好きよね。
でも……今日のハルを見てたら、
反抗期も少し落ち着いたのかもしれないわ」
「そうか……それならよかった」
しげるはゆっくりと息をつき、
仕事の疲れがふっと抜けていくような表情になった。
「先に風呂入るか。そのあと食事にしよう。
雪江、お願い」
「はい、あなた」
二人の声は穏やかで、
家の中にふわっとした温かさが広がっていく。
まるで——
今日という一日が、家族にとって
“これからの楽しみ”をそっと置いていったような、
そんな静かな夜だった。




