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フェニックス計画――老兵たちの夢と若き継承者――   作者: 工程能力1.33


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第46話 切り札

 ミリアとレオンは闇の森を駆け抜ける。

 背後では犬の吠え声と兵士の怒声、そして探照灯の光が木々の間を切り裂いていた。

 ミリアの息は荒く、足は土と枝に取られそうになる。だがレオンは彼女の腕を掴み、強引に引きずるように走り続けた。


「……待て、息が……」

「止まったら撃ち抜かれるぞ!」


 冷酷な声が、彼の覚悟を物語っていた。


 やがて木立の先に、小さな明かりが見えた。

 開けた空き地――そこにはキャンプに来ていた家族の車が停まっていた。テントの中からはまだ笑い声が漏れている。

 レオンは迷いなく腰の拳銃を抜いた。

 そしてテントに押し入る。


「鍵をよこせ」


 テントの中にいた父親が凍りつき、震える手で鍵を差し出す。子供が泣き出す声を背に、レオンは鍵を開けると、スターターボタンを押し、ハンドルを握る。ミリアも助手席に乗り込んだ。


「発進するぞ、掴まれ!」


 マナダイト駆動のモーターが唸りを上げ、タイヤが土を蹴った。


 銃声が森に木霊し、後部の窓ガラスが粉々に砕け散る。ミリアが思わず悲鳴をあげた。だがレオンはアクセルを踏み込み、闇夜の中を一直線に突き抜けていく。

 包囲網をかいくぐり、舗装路に飛び出した車はそのまま国境へ向かって疾走した。


 数時間後。

 夜明けが近づく頃、彼らは小さな町の片隅に車を停めた。レオンは懐中時計を確認し、街角の倉庫に目をやる。


「……間に合ったか」


 倉庫の影から現れた数人の男たち。帝国の工作員だ。無地の外套に身を包み、鋭い視線を投げてきた。


「レオン中尉、無事戻ったか」

「予定通りだ。……ただし」


 レオンは横に立つミリアを顎で示した。


「なんだ、この女は?」


 一人の工作員が眉をひそめる。

 レオンは冷たく答えた。


「切り札だよ。王国から持ち出されたものを持っている」


 ミリアは胸ポケットの記憶デバイスを強く握りしめた。

 その瞬間、自分はもう二度と後戻りできないと、改めて悟った。


 そこからミリアへの尋問が始まる。

 ミリアは椅子に座らされ、両手を机の上に置かれている。向かいに立つのは帝国の工作員の一人。背筋の伸びた冷徹な感じのする男だった。


「ヴァルディア王国軍、ミリア・クラウス少尉。まず確認だ」


 無感情な声が空気を切る。


「お前は本当に、王国を裏切るつもりか?」


 ミリアは短く息を吐き、視線を逸らさずに答えた。


「……裏切ったのは、王国の方よ。私は――生き残るためにここに来ただけ」


 工作員は目を細める。


「ならば証拠を出せ」


 ミリアはポケットから記憶デバイスを取り出し、机の上に置いた。


「フロギストン弾頭の資料。これが欲しいんでしょう?」


 電球の光を反射して小さな金属片がきらめく。室内の空気が一瞬だけ張り詰めた。

 工作員はそれを手に取ると、何も言わずに懐に収めた。


「……確認は後で行う。だが、これが本物なら――お前の立場は保証されるかもしれん」


 淡々と告げる声。その「かもしれん」に、ミリアの心臓は冷たい痛みに締めつけられた。


 そのやり取りを壁際で見ていたレオンは、拳を握りしめていた。

 彼の胸中には苛立ちと焦燥が渦巻いている。


――この女の存在は、危険すぎる。


 フロギストン弾頭の資料を持ち込み、帝国に影響を与えかねない。しかも彼女は気まぐれな激情で動く。


(このままでは、俺まで巻き込まれる……)


 レオンは静かに決意した。

 彼女の存在を利用するしかない。

 だが利用先は主戦派ではない――むしろ、帝国内で勢いを取り戻した穏健派に売り渡すことで、主戦派から自分の身の安全を確保する。

 クレアを切り捨てた主戦派が、次に狙うのは自分かもしれないからだ。


 壁に寄り掛かったまま、レオンは目を細めた。

 薄明かりの下で、まだ硬く口を結ぶミリアの横顔が浮かび上がる。


「……切り札、か。なら、俺の切り札にしてやるさ」


 心の中でそう呟き、冷たい覚悟を固めた。


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