第44話 指名手配
エレナは深夜の工廠に残り、机の上に置かれた端末を眺めていた。
そこに残されたフロギストン弾頭の極秘ファイル――通常なら堅牢なコピープロテクトが施され、閲覧は制限されるはずだった。
だが、そのロックは解除されていた。
「……誰かが、持ち出した」
エレナの顔が蒼白に変わる。
アクセスログを確認しても、エレナのIDしか出てこないのだが、自分にはそんな記憶はない。
すぐにアーノルドへ報告がなされた。
翌朝、関係者が緊急に集められる。工廠の会議室に、ガルド、ハンス、オットー、マルタ、そしてカイが呼ばれた。
アーノルドは机を叩き、低く言い放つ。
「フロギストン弾頭の防諜が破られた。内部の者の仕業だ。……心当たりはあるか?」
沈黙が続く中、カイが口を開いた。
「……昨日、エレナさんの部屋から出ていくミリア少尉を見ました」
エレナがはっとしてカイを見る。
「……私の部屋?」
カイは小さく頷く。
「確かに見間違いじゃない」
そこへマルタが机に一枚の紙を置いた。
「休暇届が出ていました。昨日付けで」
一瞬で会議室の空気が凍りつく。
アーノルドは目を閉じ、深く息を吐いた。
「……裏切りか」
そして目を開き、厳しい声音で命じる。
「ただちに、ミリア・クラウス少尉を指名手配せよ。王都内、そして国境警備に通達だ。彼女は極秘情報を持ち出した。――捕縛を最優先とする」
老人たちの間に重苦しい沈黙が広がる。
カイは拳を握りしめ、胸の奥で何かが崩れていく音を聞いていた。
――――
ミリアたちの乗る列車は夜の停車駅に滑り込み、短い停車時間を告げるアナウンスが流れた。
食べ物を買いにホームへ降りたレオンの目に、冷たい光景が飛び込んでくる。
数人の警官が人混みを割り、紙に刷られた顔写真を掲げている。
――ミリアだ。
胸の奥が凍る。買ったパンを握りしめたまま、レオンは列車へ駆け戻った。
「どうしたの?」
窓際に座るミリアが怪訝そうに首を傾げる。
レオンは彼女の腕を掴み、低く鋭く囁いた。
「トイレに行け。ただし鍵はかけるな。今すぐだ」
「え……」
「いいから従え!お前の手配写真が出回っているんだよ!」
ミリアは迷いながらも立ち上がり、トイレの中に滑り込む。鍵は開いたまま。外から見れば、ただの空室にしか見えない。
直後、警官たちが車両に入ってきた。
「手配犯がこの列車に乗っている可能性があります。ご協力を」
無機質な声が響き、乗客たちのざわめきが広がる。
一人の警官がトイレのドアを軽く押す。
鍵はかかっていない――ノブがあっさりと回り、空室であることが確認される。
「ここは異常なし」
短い報告が飛んだ。
次にレオンへと視線が向けられる。
「お前、この女を見たか?」
差し出された写真には、軍服姿のミリア。
レオンは一瞬だけ息を止め、表情を崩さず首を横に振った。
「知らないな。見かけたこともない。美人だな、紹介してほしいくらいだ」
警官はわずかに眉をひそめたが、それ以上追及せず、やがて降車を命じられて列車から姿を消した。
汽笛が鳴り、車両が再び動き出す。
レオンはしばらくしてからトイレのドアをノックした。
「……もう出てこい。大丈夫だ」
ミリアが姿を現す。強張った表情のまま、唇をかすかに震わせていた。
「……助かったわ」
レオンは目を逸らし、肩をすくめる。
「次は俺の言うことを最初から聞け。無駄に心臓が持たん」
その言葉は冷たく響いたが、彼の張り詰めた声の奥にあった安堵を、ミリアは聞き逃さなかった。




