第41話 告白
――――カイ視点――――
夜の軍病院の庭。
月明かりに照らされたベンチに腰を下ろしたカイは、胸の奥に渦巻く想いを抑えきれずにいた。 目の前の病棟には、あの日からずっと気にかけてきた女が眠っている。
クレア――敵であり、今は捕虜であるはずの彼女に、なぜ自分はこんなにも心を奪われているのか。
「……最初は、敵だと思っていたんだ」
カイは小さく独り言ちる。
思い返す。地下での戦い。
瓦礫の下敷きになりながらも、必死に知恵を絞り、グラビオンに立ち向かおうとしたクレア。
あの時、自分を置いて逃げろと言った彼女に――なぜか逆に「守りたい」と思った。
それからの毎日。
骨折でベッドに縛り付けられたクレアの見舞いに通う自分。
最初は「捕虜の監視だ」と言い訳していた。けれど、会話を重ねるうちに、その鋭さの裏に人間らしい弱さを見つけてしまった。
無理に強がり、弾切れの銃を手にして「ついてないな」と苦笑する姿。
情報を白状しながらも、自分を気遣う視線。
それは兵士でも捕虜でもなく、ただの一人の女性の顔だった。
「気づけば……会いに行く理由を探していた」
カイは自嘲気味に笑った。
そしてドミナス鉱山への攻撃命令が下った日。
「しばらく見舞いに来られない」と伝えた自分に、クレアは静かに微笑み、「早く帰ってきて」と言った。
敵でも捕虜でもなく、自分を“待っている”人の顔で。
その一言が、ずっと胸に残っている。
会話を重ねるたびに、彼女の冷たい仮面の裏にあるものが見えてきた。
帝国の大佐としての冷酷さじゃなくて、一人の人間としての後悔や、諦めや、ほんの小さな優しさ。
それを知るたびに、もっと彼女を知りたいと思った。
そして今日、帝国の工作員による暗殺未遂。
自分の中でクレアのことを強く守りたいと願う気持ちを認識した。
ミリアとは違う。
ミリアの強さは、俺を委縮させるだけだったけれど……クレアは違う。
彼女の強さは、自分の弱さを隠すためのものだってわかったから。
その姿に俺は――どうしても目を逸らせなくなった。
「俺は、もう気づいてるんだ」
月明かりの下で、俺は小さく呟いた。
これは憧れでも、同情でもない。俺はクレアに惹かれている。
彼女が敵か味方かなんて、もうどうでもよかった。
俺にとって大事なのは――彼女が確かに“ここにいる”ってことだけだった。
――――
翌日、カイは再びクレアの元を訪れた。
クレアはベッドにもたれながら読書をしていたが、それを中断た。
「また来てくれたのね。監視かしら?」
本を閉じたクレアは、淡い微笑を浮かべる。
軽い冗談だったが、カイはそれを冗談と受け止める余裕が無かった。
「……大事な話があるんだ」
カイは首を振った。声が震えていた。
「俺は、監視のために来てるんじゃない。あんたに会いたいから来てるんだ」
クレアの瞳が揺れた。
けれど、すぐに皮肉めいた笑みを作る。
「敵を好きになるなんて、ずいぶん甘い」
「俺には敵味方なんて関係ない!」
カイは声を荒げた。
「クレアが地下で俺を置いていけって言ったとき、どうしてもできなかった。助けたかった。……それからずっと、クレアのことが頭から離れない」
病室に沈黙が落ちる。
カイの顔は真っ赤で、握った拳が震えている。
クレアは目を伏せ、小さく息を吐いた。
「……私は帝国の人間だ。捕虜であり、敵だ。お前と並んで歩く資格なんてない」
「そんなの関係ない!」
カイは一歩踏み出し、ベッドの傍らに立つ。
「俺は、クレアがここにいてくれることが嬉しい。それだけでいい。だから……俺は、クレアが好きだ」
クレアの目に光が宿った。
それは困惑とも、涙ともつかない微妙な輝き。
彼女はしばしカイを見つめ、やがて小さく笑った。
「青臭いな……本当に。だが――」
微笑の奥に、ほんのわずかな震えがあった。
「嫌いじゃない。その真っ直ぐさも、馬鹿さ加減も」
カイの心臓が大きく跳ねた。
その瞬間、二人の間にあった“敵と味方”の境界は、全て溶けていった。




