第40話 病院襲撃
クレア暗殺決行日、レオンは偽造IDを見せて軍の病院の門衛をやり過ごし、仲間と共に内部に潜入する。だが彼の顔には迷いの色が濃く、IDを握ったままの手は最後まで震えていた。
その日、病院の玄関ホールは、帰還した兵士たちでごった返していた。
検診を受ける列に並ぶミリアは、ふと正面から歩いてくる一人の男に気づく。
――エーリヒ・ヴェルナー?
単なるトラックの運転手の彼が、軍の病院にいることを不審に思う。
そして、その両脇の、鋭い目つきで周囲を見回す二人。
その瞬間、ミリアは彼らが工作員だと直感する。
向かう先は、クレアの病室――――
となれば、導かれる答えは限られる。
(……救助か暗殺。たぶん暗殺ね)
と思った瞬間、ミリアの中にどす黒い流れが生まれる。
ミリアは唇を噛む。クレアの病室には今もカイがいる。
(私が止めたら、あの女は助かろかもしれない。でも、カイの目の前で殺されたら――――)
結局、ミリアはそのまま三人を見逃すことにした。
三人はクレアが軟禁されている病室の近くまで来る。
入口には歩哨が二人立っている。
「お前は外で見張れ」
仲間が気遣うふりをしてレオンを突入役から外した。レオンはほっとしたように頷く。むしろ、自分の心が命令に従いきれないことを見透かされた気がした。
仲間の二人はナイフを取り出すと、歩哨に近づき襲い掛かった。
反撃する間もなく倒される歩哨。その歩哨が持っていた銃を一人が奪う。
しかし、人が倒れる音は病室内にも聞こえる。
ドサッという音が聞こえた瞬間、病室の空気は凍りついた。
「――!」
クレアは最初に反応し、枕元にあった花瓶を手に取ると、その瞬間ドアが開いた。
「来るなっ!」
クレアは花瓶を全力で投げつけた。ガシャァンと砕け散り、銃を持つ暗殺者の肩を打ち、その照準が逸れる。弾丸は壁を抉り、火花を散らした。
轟音と火花、破れたカーテン。病室に張り詰めた緊張が一気に爆ぜた。
カイは丸腰のまま、咄嗟に身を低くした。
同時にカイの掌に蒼白い粒子が渦巻く。
「フロギストン!」
“燃える気体”を生み出した。
それは、音もなく敵の顔を覆い、酸素を押し退けながら肺へと流れ込む。
二人の暗殺者は目を見開き、必死に空気を求めて喘いだが、やがて床に崩れ落ちた。
クレアは倒れた二人を見て、ナースコールのボタンを押した。
看護師が駆け付けると、歩哨が倒れているのと、室内にも暗殺者が倒れているのが発見される。
すぐさま病院は立ち入り禁止となり、軍警察が駆け付けてきた。
病室で事情聴取をされるカイとクレア。
そこにアーノルドとガルドがやってくる。
カイとクレアが滞在する病室は、外は厳重に封鎖され、立ち入り禁止の札が掛けられていたが、アーノルドを見ると警備の兵士は敬礼して中に通す。
アーノルドは白髪交じりの髭を撫で、重い声を落とす。
「……二人とも、無事で何よりだ」
カイが身を乗り出す。
「アーノルドさん、俺たち襲われたんだけど、何が起きている?」
老人は深くため息をついた。
「その情報が来たところだ。ま、襲撃の後ではその価値も低いがな」
アーノルドは続ける。
「襲ってきたのは帝国の主戦派。彼らがヴァルター大佐、君を売国者として消そうとしたとのことだ」
その言葉を聞いてクレアの顔色が変わる。
アーノルドはちらりとそれを見たが、それだけで、さらに続けた。
「帝国は、主戦派を王国に売った。暗殺を企てたのも、和平を乱そうとしたのも、すべて彼らだと……そう示すことで、穏健派は停戦を守ろうとしている」
「売った……?」
クレアの目が揺れた。
「そうだ。だから、この情報が手元にある。王国にとっても悪くない話だ。帝国が自ら主戦派を差し出したのなら、和平の大義は揺るがん。だが……」
アーノルドは二人を見据える。
「カイも一緒に殺されていれば、どうなったかはわからんな……」
病室に重苦しい沈黙が落ちる。
カイは拳を握りしめた。
クレアは俯き、小さく息を吐いた。
彼女の瞳には、安堵と怒り、そして深い不安が入り混じっていた。




