第39話 やつあたり
帝都グランツァール。その議事堂では、敗戦の衝撃がまだ冷めやらぬまま、重苦しい会議が続いていた。
フロギストン弾頭がもたらした壊滅的打撃――帝国軍1,500機のうちほとんどを失い、しかも主戦派の旗頭だった精鋭が消え去った事実は、帝国の政治構造を一変させていた。
穏健派の代表貴族たちは、その惨状を逆手に取る。
「このままでは帝国は孤立する。周辺諸国が恐れるのは、ヴァルディアの力、我らが使ったことのない未知の兵器だ」
「フロギストン弾頭の危険性を国際舞台に広めよ。周辺諸国と共同で使用禁止条約を結べば、王国を外交的に封じ込められる」
彼らは冷静に計算していた。軍事ではなく政治で生き残る。そのために、帝国が敗者ではなく“秩序を守る側”に立つ必要があったのだ。
――しかし、全ての者がその論理に従うわけではない。
主戦派の残存将校たちは、血走った目で机を叩き、穏健派の提案を罵倒した。
「ふざけるな! 我らが負けたのは裏切りがあったからだ!」
「捕虜にされた女が機密を漏らしたせいで、奇襲も防がれたのだ!」
彼らの視線の先にあるのは、ただひとりの人物。
――ヴァルディア王国に捕らわれ、その後戻ったクレア。
会議から負け犬のように出てきた主戦派は、その責任をクレアに押し付け、その命を持って償わせようと決めた。
「始末せねばならん。帝国の恥を広められる前に」
「王都に潜伏する者たちに命じろ。暗殺せよ」
怒りと屈辱に燃える彼らは、敗北の責任をすべて彼女に押し付けようとしていた。
既に理性は失われ、報復だけが彼らの行動原理になっていた。
その指令はすぐさま王都に潜入している工作員に届いた。
白百合亭を捨て、新たにアジトとなった暗い部屋に、重々しい声が響いた。
「――標的はクレア大佐。敗北の責はあの女が情報を漏らしたためとする。お前の役割は分かっているな、レオン中尉。これが終われば帝国に戻れるんだ」
命令を受けた瞬間、レオンの胸を冷たい手が掴んだような感覚が走った。
彼女の名を耳にしたとき、息が詰まり、思考が停止する。クレア。あの戦場で、ほんの一瞬だけ言葉を交わした女性。敵国の者でありながら、謎めいた存在感と、どこか人を惹きつける眼差しを持っていた。
(彼女を殺せと――それが自分の役割だと?)
レオンは拳を握りしめた。
敗戦の責を押し付けるための見せしめに過ぎない。彼自身、軍律の歯車として数多の命令に従ってきた。しかし、今回ばかりは違った。
(なぜ……なぜ、俺がやらねばならない?)
思い出すのは査問会議の日。停戦を破ったとして、命令をきいただけの自分は左遷され、ただの書類整理要員に落とされた。そんな自分を拾ってくれたクレア。
それを殺すのかと思うと気が重い。
だが、それでも従わねばならないのか?
命令に背けば裏切り者。軍人としての立場は完全に失われるだろう。いや、それだけでは済まない。家族やかつての仲間にまで累が及ぶかもしれない。
「……承知しました」
口は勝手にそう答えていた。声が震えそうになるのを必死に抑えた。
部屋を出ると、夜風が頬を撫でた。だが冷たさは、胸の熱を冷やしてはくれない。
自分は何をしているのだろう。大義もなく、ただ主戦派の面子を守るためだけに、人を殺そうとしている。
(こんなものが、俺の戦争か……?)
背負わされた命令の重みと、心の奥底に芽生えた抵抗感。その板挟みに、レオンは押し潰されそうになっていた。




