第38話 凱旋、嫉妬、すれ違い
数日後、王都に凱旋した部隊は、市街に響く歓声と旗の波に迎えられた。
フェニックス計画の老兵たちは、帰還したカイを囲み、口々に祝福の言葉を投げかける。
「今回は間に合ったな……!」
「お前のおかげで、あの炎が再び灯ったんだ」
ガルド、エレナ、マルタ……その顔ぶれは、皆どこか誇らしげで温かかった。
ミリアは小さく息を吐き、そしてカイに向かって柔らかく微笑んだ。
「カイ。あたし……やっと、先に進めそうな気がする」
その笑みに、戦いの重さとエリアスを背負った影が重なる。だが彼女はそれを超えようとしていた。
そうしたムードであったが、カイはソワソワしていた。
もっと優先すべきことがあったのである。
その結果、カイはその輪の中に長く留まらなかった。
「よかった。でも……」
とだけ言い残し、人垣をかき分けるように歩き出す。
向かう先はただ一つ。クレアの病室。
彼の背中を見送るミリアの心に、かすかな痛みが走った。
(どうして……あたしじゃないの?)
握りしめた拳に、凱旋の喧騒は届かない。
その瞬間、ミリアは悟った。
これは、もう戻れない——ポイント・オブ・ノーリターン。
笑顔を交わしたはずの彼女の胸に、ひとつの影が落ちた。
王都の凱旋から数日。
人々の歓声がまだ耳に残る中、ミリアの胸は重く沈んでいた。
「……今日もあの帝国女のところに行ったのか」
カイが祝宴を抜け出す姿を見た瞬間、行き先を悟った。
あの女――いつも冷静で、どこか人を拒むような眼差しをするくせに、カイにだけは時折、柔らかな顔を見せる。
ミリアは拳を握りしめた。
私だって、戦場で肩を並べてきたのに。血を浴び、命を賭け、彼を支えてきたのに。
なのに、カイが向かうのは私ではなく、あの女の病室だった。
ロケットを開く。そこにはエリアスの写真。
(……ごめんね)
亡き恋人の面影に縋りながらも、胸の奥では別の炎が燃え始めている。
それは、戦友を奪われる恐怖。
そして、女としての嫉妬。
最初は曾祖父に無理矢理押し付けられた関係だったが、戦いと通して絆が出来た。
それはエリアスとの絆を乗り越えられるかもしれないくらいのものだったのに……
「……私じゃ駄目なの?」
呟いた言葉は夜の闇に溶けた。
答えは、病室で交わされる笑い声と囁きにあるのだろう。
想像するだけで胸が引き裂かれるように痛い。
だが、戦場に立てば涙を流す暇はない。
だからミリアは心を殺すように、次の戦いへ身を投じる準備を進める。
――――
薄暗い病室の扉が静かに開いた。
ベッドに横たわるクレアは、声をかけるよりも早く、その人影に気づいて目を大きく見開いた。
「……カイ……!」
名前を呼ぶ声は震えていた。次の瞬間、堪えていたものが溢れ出し、クレアの頬を涙が伝う。
帝国軍が敗北したのだろうと頭では理解していた。だが、彼女にとって一番の願いは戦果ではない。
――彼が、生きて帰ってきたこと。
カイは慌ててベッドの傍らに駆け寄った。
「ど、どうしたんだ、泣くなよ! 俺、怪我もしてないし、無事だぞ!」
その必死な声が可笑しくて、同時に胸を締めつけて、クレアは涙の中で微笑んだ。
「違うの……嬉しいの。あなたが帰ってきてくれたから……」
その言葉に、カイの緊張がふっと解けた。肩から力が抜け、彼も安堵の息をつく。
「……そっか。なら、よかった」
言葉以上に、互いの手が触れた瞬間に伝わるものがあった。
クレアの指先は熱を帯び、カイは思わず握り返す。
二人の距離は自然と近づき、頬を寄せるたびに囁き声が重なり――やがて静かな病室は、二人だけの甘やかな空気に包まれていった。




