第37話 敗走
フロギストン弾頭が炸裂し、ドミナス鉱山一帯を白光が飲み込んだ瞬間、王都の作戦管制室は静まり返った。
モニターに映し出されるのは、爆炎に呑まれた帝国軍の主戦派部隊。その威力は誰もが想像を超えていた。
「……やった、これで……」
ガルドが低く呟き、義足の膝を震わせる。その目には悔しさではなく、初めて自分が確かに戦場に役立てたという誇りが宿っていた。
隣でエレナが口元を押さえ、涙をこらえる。
「……ガルド、あなたが……あの爆炎を導いたのよ」
「俺ひとりじゃねぇ、みんなのおかげだ」
短い言葉だが、仲間たちへの深い感謝が込められていた。
アーノルドは腕を組み、モニターの光を見つめていた。老いた頬がわずかに震え、破顔したい衝動に駆られる。だが将の矜持がそれを押さえつける。
「……フェニックスを、前に出せ!」
誰に届くこともない声が、無線のない室内に響いた。
アーノルドが呟いたその瞬間、まるでその声が届いたかのように、モニターに映るフェニックスが轟然とブースターを噴かした。
カイはモニターの奥から伝わる老兵たちの思いを察したかのように、ためらいなく敵陣へと突っ込んでいく。
「行くぞ、フェニックス!」
彼の声に応じるように、老機体の外殻が赤熱し、巨大な翼が敵軍の残存部隊を薙ぎ払った。
主戦派の生き残りが散発的に抵抗する。しかしフェニックスの一撃は帝国軍の第五世代フレームをも凌駕し、次々と爆炎の中に消えていった。
ミリアたちもそれに続く。
それは圧倒的に優位な人間が、兎を狩るかのように一方的であった。
「もう無理だ、下がれ!」
穏健派の指揮官たちは、炎に呑まれ壊滅していく主戦派の末路を見て、恐怖に駆られて背を向ける。
しかしフェニックスの砲口は容赦なく、その背中を撃ち抜いた。
「逃がすかよ!」
カイの声に、後続のミリア小隊が呼応する。
「了解! カイ、援護する!」
ミリアの機体が左右から突入し、仲間たちが散開。帝国軍は瞬く間に組織的な抵抗力を失った。
王都のモニター前で、アーノルドは老いた拳を強く握りしめる。
「……これが、我らのフェニックスの炎だ」
と。
帝国軍が誇る1,500機のフレーム部隊。
だが今や、そのほとんどは無残に横倒しになり、地面に突き刺さった残骸と化していた。
残存はわずか128機。
1,372機は、爆炎に呑まれ、あるいは退却の途中で、機能を奪われて動かなくなっていた。
帝国軍の敗因は二つ。
ひとつは――王国軍が投入した フロギストン弾頭。
爆炎はただの火ではない。空気を巻き込み、戦場をまるごと焼き払う燃料気化爆弾のごとき威力。数百機が瞬時に爆風で吹き飛ばされ、爆心地から離れた場所にいた部隊すら生き埋めにされた。
そしてもうひとつは、帝国が信じていた切り札―― アンチマナダイト粒子。
これまで敵のフレームを沈黙させてきた戦術は、すでに見破られていた。
王国軍は対抗策として、全機に 対アンチマナダイト粒子コーティングを施していたのだ。
帝国兵たちは粒子を撒き散らしながら突撃したが、敵は止まらず、逆に強烈な反撃を浴びる結果となった。
「どうして……奴ら、動き続けてるんだ!」
「コーティングだ! もう、通じない……!」
叫びが戦場を覆う。
敗北は決定的だった。
辛うじて戦場を抜け出した残存のフレームは、無様に退却を続けた。
装甲は煤にまみれ、操縦席からは疲労と絶望に沈んだ顔が覗く。
やがて遠くに味方基地の灯りが見えたとき、誰もが涙をこらえられなかった。
だが、そこに至るまでの道は、死者たちの残骸で敷き詰められている。
「……1,500機のうち、128機だけか……」
味方の基地までたどり着いた誰かが呟いた。答える者はなかった。
この敗報は、まもなく帝都に届き、戦局を大きく揺るがすことになる。
穏健派も想定以上の被害に、停戦条件の見積もり直しを迫られることになった。
現在の状況は、帝国軍の残存兵力はドミナス鉱山を放棄し、付近の部隊と合流し新たな防衛ラインを構築した。
王国軍も戦い続ける予定は無かったため、戦線は膠着状態になる。
エルンスト・クラウス将軍はこの地に残り、帝国軍と対峙することになった。王国軍は対アンチマナダイト粒子コーティングの終わった機体から、ドミナス鉱山に送り込むことになったが、量産化が遅れており、すぐの補充とはならなかった。
しかし、帝国軍もフロギストン弾頭という新兵器を恐れ、ドミナス鉱山を取り戻す動きは見せなかった。
そのフロギストン弾頭であるが、ガルドひとりでは限界があり、現在次弾は完成していない。帝国軍が無い物に怯えてくれているのだ。
大勝した王国軍も、実は薄氷を踏むような状況だったのである。




