第36話 フロギストン弾頭の威力
決戦当日。
帝国軍の前線には、鉄で築き上げられた1,500を超えるフレームの軍勢が、まるで黒鉄の壁のように広がっていた。
地を覆うほどの数に奢った主戦派の将校たちは、遠くからにらみを利かせる王国の小部隊を見て鼻で笑った。
「たった七十余機か。まるで蚊の群れだな」
「アンチマナダイト粒子を散布すれば、奴らの新型も動けまい」
彼らの周囲で舞い散る白い粒子が風に溶けていく。帝国の切り札とも呼ばれるその粉末をばらまいたことで、すでに勝敗は決したと信じて疑わなかった。油断と傲慢が、兵の列にじわじわと広がっていく。
一方対抗するヴァルディア王国軍。王国軍の布陣の中に、ひときわ異彩を放つ一機があった。ミリアの乗る最新型フレーム。
その両腕に握られた巨大砲身には、すでにフロギストン弾頭が装填されていた。通常の砲身には収まりきらぬほどの質量を持つ弾頭であり、脚部のバイポッドを展開して地面に突き立て、揺るがぬ姿勢を作り上げていた。
コクピットの中で、ミリアは震える指先を抑えるように胸元へと手をやった。首から下がる胸元のロケットの中には、かつての婚約者であるエリアスの写真。彼の笑顔が、この瞬間も彼女を見つめ返しているように思えた。
「……エリアス」
その名を小さく呟き、彼女は照準器を覗き込む。敵軍中央、まるで大地を埋め尽くす鉄の群れの中心に、赤いマーカーが点滅した。
息を吸い、吐き、すべての雑音を切り捨てる。
通信機越しの祖父からの指示。
「フロギストン弾頭、撃て!」
次の瞬間、彼女は静かに、しかし迷いなく引き金を引いた。
轟音はなかった。弾頭が発射されたのは一瞬で、空を裂く白い閃光が一直線に走った。そして敵軍中央に到達した瞬間、信管が作動。
圧縮されたフロギストンが空気中の酸素と激しく反応し、閃光と共に巨大な火球が膨張する。地響きのような衝撃波が四方へと吹き荒れ、瞬きする暇もなく数百機のフレームが炎に呑み込まれた。
帝国兵の笑い声は、断末魔の叫びに塗り替えられる。鉄の巨人たちはまるで紙細工のように吹き飛び、燃え盛る爆炎の渦がドミナス鉱山の空を真紅に染め上げていった。
そして――その炎の中、ミリアの声なき涙がヘルメットを濡らしていた。
照準器から目を離し、震える手を胸元のロケットにあてた。
「エリアス……見ててくれた?」
眼前で帝国軍の主戦派が壊滅していく。
勝利の歓喜よりも先に、自分の引き金が数千の命を奪った現実に吐き気を覚える。
けれど――彼女は知っている。
これは祖父の期待であり、アーノルドの命であり、そして自分が背負ったものだと。
涙が滲む視界の中、ふと横のフェニックスが映った。
そこにいるカイが、じっとこちらを見ている。
ミリアはわずかに微笑んだ。
「……私は、あなたとなら、前に進めるかもしれない」
――――
そのカイはミリアが発射したフロギストン弾頭を見ていた。
敵陣に到着すると、閃光と轟音が大地を貫いた。
爆風が遠く離れた自分の機体をも揺らし、通信機の雑音が耳を裂く。
「……これが、フロギストン弾頭……」
ミリアの放った一撃が、帝国軍の中枢を消し飛ばしていく。
黒煙の向こうに見えるのは、炎の渦に呑み込まれる数千のフレーム。
彼は思わず息を呑んだ。戦いの道具ではなく、滅びそのものだった。
だが同時に、ミリアの覚悟が結実したのだと理解し、胸の奥で熱いものがこみ上げた。
「……ミリア、やったな」
そう呟く声には畏怖と誇りが入り混じっていた。
――――
帝国軍からしてみれば、フロギストン弾頭の威力は悪夢のようであった。
ドミナス鉱山の稜線に投下された弾頭が、地面を抉って炸裂した瞬間――。
封じ込められていた高圧フロギストンガスが霧のように広がり、大気に溶け込む。
それは空気中の酸素と結合し、臨界濃度を超えた一瞬に――火花が引き金となって巨大な燃料気化爆発を引き起こした。
轟音と共に膨張した火球は、半径二キロ圏を一瞬にして飲み込む。
膨張する衝撃波は大気そのものを押し潰す暴力となり、鉄骨のフレームを真っ赤に加熱して溶断。操縦士の絶叫は、炎と酸素欠乏、爆風で掻き消された。
「な、何だこれはッ――!」
叫んだ声も届かない。音は衝撃に押し流され、次の瞬間には熱風が肉体を炭化させる。
本来の地球で使われている燃料気化爆弾と違うのは、フロギストンが極めて高い燃焼効率を持つことだ。
通常の爆薬では得られない高温高圧の火球は、爆発から数秒間も持続的に燃焼を続け、周囲の酸素を猛烈に消費していく。
結果、爆心地周囲は酸素濃度が急激に低下し、たとえ熱波を逃れた者も、窒息によって戦闘不能に陥った。
赤々と燃える火柱が天へと立ち昇る光景に、後方で見守っていた穏健派の兵士たちは、言葉を失った。
「……主戦派の連中が……一瞬で……」
目に映るのは、かつて軍の主力だった1,200機のフレームが、黒い残骸と化して転がる惨状だった。
それは、ただの爆撃ではなかった。
帝国軍の誇る鉄の軍勢が――わずか一撃で塵と化す。
戦史に残る、衝撃的な瞬間だった。




