第35話 祖父の気持ち
ドミナス鉱山へと続く荒野に、王国軍の旗がはためいていた。
進軍を指揮するのは、歴戦の将にしてクラウス家の現当主、エルンスト・クラウス将軍。その重厚な声は、列をなす兵たちを引き締める力を持っていた。
「焦るな。足並みを揃えよ。敵は必ず動く」
72機の対アンチマナダイト粒子コーティングを施された最新鋭フレームが整然と進み、その中央には紅蓮の光を放つ《フェニックス》が佇む。
その進軍を見据える先には、すでに1,500機を超える帝国軍が防衛線を固めていた。地平線の果てまで続く鉄の影。数においては圧倒的劣勢だったが、王国軍の足取りに迷いはなかった。
隊列の中で、ミリアは胸元に手をやり、小さなロケットを開いた。そこには笑みを浮かべるエリアスの写真。
彼女の指先が震え、視線が写真に吸い寄せられる。
「……見てて、エリアス。私は必ず、この戦いを越える」
静かな呟きが風に溶ける。
祖父エルンストの背中、フェニックスの炎、そして胸に抱いた喪失と決意。すべてが重なり、彼女 の瞳はかつてない強さを宿していた。
帝国軍と対峙する王国軍の陣地には、出撃を控えたフレーム部隊が整然と並んでいた。
鋼鉄の脚部が地面を鳴らし、整備兵たちが最後の点検に追われる中、ミリアは自分の機体の前に立ち、静かに息を吐いた。胸の奥に、不安と昂揚が入り混じる。
「……今回は違う。フロギストン弾頭がある」
彼女は誰に聞かせるでもなく呟いた。過去のどんな爆弾をも凌ぐ威力、帝国軍を一撃で殲滅できる兵器。
その存在は、彼女にとってエリアスを殺されたあの日からの怨念を晴らす希望そのものだった。 エリアスを奪った帝国を、自らの手で地に伏させる。その日がようやく来るのだ、と。
ふと視線を向けると、少し離れた場所でカイがフェニックスのコクピットを見上げていた。まだ未熟だが、あの少年は確実に機体と共に成長している。あの力もまた、帝国を滅ぼす切り札になり得る。
「カイ」
呼びかけると、彼は振り返って軽く手を振った。緊張の色はあるが、瞳は真っ直ぐに輝いている。
「ミリア少尉、準備はどうですか?」
「問題ないわ。むしろ、早く戦いたいくらいよ」
ミリアは強い声で答えた。けれども胸の奥では、彼が無事でいてほしいという感情がかすかに疼く。認めたくはない、しかしそれは確かに存在していた。
「フロギストン弾頭とフェニックス、二つの切り札がそろったのよ。今回こそ、帝国を叩き潰せる。……あなたも、その一翼を担うの」
「うん。僕も、やれるところまでやるよ」
カイは迷いなく頷いた。その表情に、ミリアは思わず言葉を失う。無邪気とも言える決意に苛立ちを覚える一方で、その真っ直ぐさが、なぜか心を揺さぶった。
「……絶対に、生きて帰りなさいよ。あんたがフェニックスを失えば、国の希望も揺らぐんだから」
あえて冷たい口調で言い放つ。けれどそれは、祈りにも似た願いだった。カイは真剣に頷き、彼女の言葉を胸に刻むように拳を握る。
ミリアは視線をフェニックスに戻した。
――フロギストン弾頭の轟きと、この少年の操る機体。その両方が揃えば、必ず帝国を地に伏させられる。
その確信を胸に、彼女は静かにコクピットへと足を踏み入れた。
一方、エルンスト・クラウス将軍は、野営地の幕舎で深いため息をついていた。
外では夜営の火が点々と揺れ、兵たちの低い笑い声や整備の金属音が響いている。しかしその喧騒は、将軍の胸を苛む重苦しい思考をかき消すことはなかった。
――フロギストン弾頭の発射を、ミリアが志願した。
頑なに誇り高く前を見据える孫の姿を思い出す。
軍人としては、あれほど勇敢で献身的な態度は称賛に値する。だが、祖父としてはどうしてもその心を受け止めきれなかった。
「……ミリア、お前はまだ若い。エリアスを失ったばかりで、その痛みを抱えたまま、自分を奮い立たせているに過ぎんのではないか……」
胸中でつぶやき、こぶしを握りしめる。
父アーノルド――隠退したとはいえ、かつての尊敬すべき軍人は、孫娘の決意を肯定する姿勢を崩さない。その信念は理解できる。帝国を打ち破るためには、フロギストン弾頭という切り札を使いこなせる者が必要なのだ。
だが、どうして孫なのか。
なぜ、血筋という宿命が彼女を戦場の中心に立たせねばならぬのか。
エルンストの目に、幼き頃のミリアの姿が浮かぶ。庭で転んで泣きじゃくり、彼の軍帽を奪ってはしゃいでいた小さな少女。その少女が、今や自ら死地に立つと宣言する。
「……すまん、ミリア」
声にならぬ吐息が、老いた将軍の喉からもれた。
軍人としては、肯定せねばならぬ。祖父としては、抱きしめて止めたい。
その相反する思いに引き裂かれながら、彼はただ夜の炎を見つめ続けた。




