第33話 不協和音
帝国軍主戦派、若手将軍ラインハルト。彼はドミナス鉱山手前の平原に立っていた。
冷たい朝の風が吹き抜け、鉱山の岩肌に霜が張りついている。整然と並ぶ帝国軍の陣列を見渡しながら、若手将軍ラインハルトは拳を握りしめた。
彼の胸の内には恐怖もあったが、それ以上に「ここで勝たねばすべてを失う」という焦燥が燃えていた。奇襲は失敗し、プロメテウス機関の工作も頓挫した。穏健派は陰で自分たちを「愚か者」と嘲笑しているに違いない。
――勝つしかない。この戦で栄光を掴まねば、父祖の代から続いた我が家の地位も軍での立場も失墜する。
兵の顔を一人ひとり見やりながら、ラインハルトは唇を噛む。彼らは帝国の誇りを背負った兵士だ。死ぬ気で戦ってくれるだろう。だが、その死を無駄にするわけにはいかない。
「この戦こそ、帝国が息を吹き返すための審判だ」
そう呟き、自分自身に言い聞かせるように胸甲の留め具を強く握り締めた。
一方、穏健派の老将ブルクハルト。
陣地の端で夜営の焚き火に手をかざしていたのは、白髪の老将ブルクハルトだった。彼は静かに主戦派の幕舎を眺めながら、冷ややかな思考を巡らせていた。
――主戦派ども、勝手に突っ走れ。
この戦で無理に突撃すれば、帝国の戦力は大きく削られるだろう。帝国軍が所持する現役のフレームはおおよそ9,000機。そのうち1,500機をこの戦場に動員している。
それ以外は他の国境線の防衛や、メンテナンス、帝都の守りについている。
その動かせる余力である1,500が大きく削られるというのはただ事ではないが、彼はだがそれでいいと思っていた。敗北すれば、彼ら主戦派の声は帝国中で地に落ちる。自分たち穏健派が帝国の舵を握れるのはその後だ。
「兵は哀れだが……帝国を救うには、無駄死にの血が必要になる」
老将は心の中でそう呟いた。
彼にとってこの防衛戦は「勝つための戦い」ではない。「未来を奪い返すための布石」なのだ。だからこそ、自らは表立って口を出さず、主戦派が自滅していくのを待つだけでよい。
焚き火の火花が散る。ブルクハルトの目は揺らがず、むしろ冷徹な輝きを増していた。
その考えの違いが徐々に露見する。
冷たい風が吹きつける荒野に、帝国軍の陣列が並んでいた。だが、その整然さにはほころびが見え始めていた。
ブルクハルトの部隊は、前線に出るべき位置よりも一段後ろに下がって布陣している。
兵士たちは鎧の隙間から覗く顔に疲労と苛立ちを浮かべ、銃を握る手にも力がこもらない。
「……またかよ。あの貴族様は前に出る気があるのか?」
「おい、声を抑えろ。耳に入ったらただじゃすまんぞ」
そんな小声のやりとりが、兵士たちの間をさざ波のように走っていた。
対照的に、ラインハルトの直轄部隊は規律正しく前へと進み、兵士たちも鋭い視線で敵陣を見据えていた。
彼らは自分たちが帝国の主戦派の象徴であることを誇りにしており、その士気は高かった。
しかし、その背後で控えるブルクハルトの兵の気の抜けた姿は、明らかに全体の戦意を削いでいた。
「閣下!」
側近の一人が声をひそめながら進み出る。
「ブルクハルトの部隊、やはり下がりすぎです。あれでは戦意が疑われても仕方ありません」
ラインハルトの表情に怒りが浮かぶ。
「……あの臆病者め。兵士どもまでやる気をなくしておるではないか」
やがてラインハルトは指揮車を翻し、ブルクハルトの陣へと向かった。
彼の背中を見送る兵士たちの目には、不安と期待が入り混じった光が宿っていた。
「……また荒れるな」
「だが、これで少しは前に出るかもしれん」
荒野の冷気に包まれながら、兵士たちは上層の対立が自分たちの運命を左右することを、ひしひしと感じていた。




