第32話 出兵をひかえて
王都の空は重く垂れこめ、遠くでは軍事パレードの喧噪が途切れなく響いていた。大通りを埋める兵士たちの列を横目に、カイとミリアにもついに正式に出撃命令が下ったことを通信で会話する。
「……とうとう来たわね」
ミリアは軍令書を握りしめ、短く吐息をもらす。その眼差しには、憎悪と決意の両方が燃えていた。
「帝国軍を……一人残らず殲滅してきて。あいつらにはエリアスの無念を、必ず思い知らせなきゃならない」
カイは真剣に頷く。その顔には、若さゆえの恐れよりも、ただ前に進むという確固たる意志が浮かんでいた。
「分かってる。必ず……勝って帰ってくる」
老人たち――アーノルドやフェニックス計画の面々は、体力的にも前線には出られず、王都に残って吉報を待つことになる。だがその視線には、若き世代にすべてを託す重さが宿っていた。
――――
病院の一室。カイは軍服の襟を正し、静かに病室へ入る。ベッドに横たわるクレアは、まだ治療の痕を残したまま、窓辺に飾られた花へと視線を向けていた。
「……しばらく、来られなくなります」
カイの声は、軍規に触れぬよう事務的で、それでもどこか震えていた。
クレアは彼の瞳を見つめ、すぐに悟る。
――軍事作戦に参加するのだ。
少しの沈黙の後、彼女は唇にかすかな笑みを浮かべた。
「そう……。なら、私一人は寂しいわね」
その声音には、諦めとも愛惜ともつかぬ揺らぎが滲んでいた。
「だから、早く帰ってきて。カイ……」
カイは言葉を失い、ただ強く頷くしかなかった。扉の外に出た瞬間、彼の胸に燃える決意は、もはや戦場へ向かう兵士のそれでしかなかった。
――王都・軍工廠の中庭。
フェニックスと第5世代フレームの一群が、地響きを残しながら街道へと消えていった。白い砂塵が舞い、見送りの兵士たちが「勝利を」と声を揃える。
その後ろ姿を見届けながら、アーノルドは深く息を吐いた。
「……今回は、間に合ったか」
かつて大佐として前線に立った男の声には、抑えきれない不安と安堵が混ざっていた。
ガルドは義足を軋ませながら隣に立ち、真剣な眼差しを戦場の方角へ向ける。
「俺の作ったものが、役に立つといいんですが」
その声には、自分が戦列に立てない悔しさと、それでも仲間を支えるという誇りが滲んでいた。
エレナは肩にかけた白衣を直し、細い指で眼鏡を押し上げる。
「兵器としては、限界まで仕上げたつもりです。あとは……彼らがうまく敵を集められるかどうか」
言葉を選ぶように静かに告げると、表情には僅かな強張りが浮かんだ。
しばし沈黙があった。
アーノルドは二人の顔を順に見て、苦く笑う。
「……だが、まだ喜ぶには早い。結果が出てからにすべきだろうな。戦場は、こちらの思惑どおりには進まん」
その一言に、場の空気が引き締まる。
フェニックス計画に参加している老人たちは、それぞれ胸に不安を抱えながらも、戦場へ向かった若者たちを信じるしかなかった。




