第30話 最後の模擬戦
ドミナス鉱山侵攻作戦が決定し、フェニックスの最終調整を兼ねた模擬戦が行われていた。
ミリアは汗ばむ手を操縦桿にかけ、通信チャンネルを開いた。
「全機、散開! フェニックスの死角を突く!」
小隊員たちの短い返答が耳に届く。だが、その声には緊張が混じっていた。第五世代最新鋭フレームの群れが、一機の古参機を取り囲むはずが、逆に狩られるような予感を拭えないのだ。
ミリア自身も胸の奥で同じ不安を抱いていた。――フェニックス。あの伝説の名を冠した機体。けれどそれは老兵の夢物語の中に埋もれていたはずだ。それを今、目の前で甦らせているのは、年下の少年――カイ。
鋭い閃光が視界をかすめた。味方の一機が、フェニックスの腕部から繰り出された打撃で弾き飛ばされる。通信回線に悲鳴が走った。
「ちっ、速すぎる……!」
「あの速さでまだ制御できてるのか……!?」
ミリアは歯を食いしばりながら命令を飛ばす。
「怯むな! 二機ずつ連携して挟め!」
彼女自身も突撃し、カイのフェニックスと激突する。だが、刹那の衝撃は彼女を震わせた。――力が違う。単機とは思えない質量と推力に、全身がきしむ。
――――
一方のカイ。
機体と己の心臓が完全に重なっているかのような感覚に、胸が高鳴っていた。
「――来いよ、もっと本気で!」
無線に乗せて叫ぶと、操縦桿が自然に応える。フェニックスのフロギストンエンジンが唸りをあげ、背部スラスターが青白い炎を噴き出す。
最新鋭のフレームが束になっても、彼の前では紙細工のように思えた。振るうたびに、衝撃波が響き、訓練場全体が熱を帯びてゆく。
――――
観測席の老兵たちはその光景に言葉を失っていた。
「……馬鹿な。あの反応速度は人間業じゃない」
主任メカニックのハンスが老眼鏡を外し、震える声で呟く。
エレナは椅子から立ち上がり、無意識に拳を握り締めていた。
「本当に……戦場に帰ってきたのね。これが全力のフェニックス」
アーノルドは腕を組み、唇の端をわずかに持ち上げる。だがその瞳には、若き継承者に全てを託す覚悟と、かつて果たせなかった夢への炎が映っていた。
ガルドは孫の力で、青白い輝きを取り戻したフェニックスを見て涙を流す。
模擬戦は、もはや勝敗を競うものではなかった。
それは、老兵たちの未完の夢が、若き操縦者の手で再び燃え上がる瞬間を確認する儀式だったのだ。
「今度こそ間に合った」
老人たちの思いは一つに重なった。
模擬戦を終え、格納庫に戻ったフェニックスはなおも赤々と熱を帯びていた。第五世代フレームを率いたミリア小隊が敗北を認めて降り立つと、格納庫に詰めかけた技術班や老兵たちは拍手で迎えた。
「……やるじゃない、カイ」
ミリアは素直にそう言った。嫉妬や苛立ちではなく、心の底からの称賛。カイは顔を赤らめ、気恥ずかしそうに頭をかいた。
「みんなのおかげだよ。フェニックスが強いんだ」
その瞬間、二人の間にあった壁が少しだけ取り払われたように感じられた。アーノルドはその様子を見て、満足げに頷く。
その場に重い報告がもたらされたのは、ちょうどその直後だった。
「フロギストン弾頭、完成しました」
マルタの低い声が格納庫に響いた。緊張が走る。アーノルドは姿勢を正し、部隊に告げる。
「目標はドミナス鉱山。帝国主戦派をそこに集め、一撃で殲滅する」
ざわめきの中、ミリアが一歩前に出た。
「……その弾頭、私に撃たせてください」
皆が驚き、視線が彼女に集まる。ミリアの胸の奥では、まだエリアスの死が疼いていた。だが、その痛みを越えるために、自ら手を汚す覚悟を固めていた。
「この戦いを終わらせるのなら……私が引き金を引きます」
その瞳はまっすぐで、恐れも迷いも見せなかった。カイは黙ってその横顔を見つめ、胸の奥に新しい決意を抱く。二人を結ぶ絆が、少しずつ強くなっていくのを感じながら。




