第29話 ドミナス鉱山侵攻作戦
軍の作戦会議室に、重々しい沈黙が漂っていた。
アーノルドは杖を軽く突きながら中央の机に進み出る。年老いた軍顧問の姿に、若い将官や幕僚たちの目は自然と引き寄せられた。
「――諸君。帝国最大のマナダイト鉱山であるドミナス鉱山を攻める」
その一言に、ざわめきが走る。誰もが眉をひそめる。鉱山は帝国にとって生命線であり、必ずや大軍を動員して防衛するだろう。正面衝突は多大な犠牲を意味する。
しかし、アーノルドは机の上に置かれた黒布を剥いだ。姿を現したのは、鈍く青白い光を帯びる弾頭模型。
「これが我らの切り札――フロギストン弾頭だ」
息を呑む音が部屋を満たす。
説明に立ったのはエレナ・フォーゲル武装システム開発主任。隣には戦術オペレーターのマルタ・ケスラーが控えていた。
「ガルド技師が圧縮フロギストンの安定化に成功しました。この弾頭は従来の爆薬を遥かに凌駕します。起爆すれば、広範囲にわたり敵兵を蒸発させるでしょう。現代の戦場において、比較対象となる兵器は存在しません」
将官の一人が青ざめた顔で口を開く。
「……そんなものを、本当に戦場で使うのか? 都市が一つ消える規模だぞ」
アーノルドは静かに、しかし確固たる声で応えた。
「だからこそ使うのだ。帝国を屈服させるには、恐怖と現実を同時に与えねばならん。マナダイト鉱山を囮とすれば、奴らは国内の兵力を総動員して防衛にあたる。そこにフロギストン弾頭を撃ち込めば……帝国軍は一挙に壊滅する」
息子であり、現役の将軍でもあるエルンスト・クラウス将軍、クラウス家の若き当主が立ち上がった。
「父上、それは無謀です! 我が軍の戦力を囮にしてまで――」
だがアーノルドは一喝する。
「戦場に勝つだけでは足りん! 帝国そのものを打ち砕かねば、この戦乱は終わらぬ。歴史に残る大勝利を掴み、後の世に伝えるのだ!」
アーノルドは深く椅子に腰掛けたまま、指先で机を叩いた。
「……フロギストン弾頭の成功を確認した今こそ、動く時だ。帝国を根本から揺るがすには、やつらが決して失えぬものを餌にするのが一番だろう」
マルタは視線を地図に落とし、赤で印された点を指でなぞった。
「――帝国最大のマナダイト鉱山。ここを狙うべきです。失えば帝国は立ち行かない。だからこそ、必ず全力で防衛に出るでしょう」
軍参謀たちがざわめいた。帝国の心臓部に等しい鉱山を狙うなど、これまで考えられなかった策だ。だが、フロギストン弾頭という切り札を得た今、その議論は現実味を帯びていた。
アーノルドは机に両手を置き、立ち上がる。
「帝国が必死に守るその瞬間、我々は敵を一点に集められる。主力を押し込めば、フロギストン弾頭で殲滅できる。これは、帝国を決定的に屈服させる機会だ」
マルタも続けた。
「もちろん、鉱山そのものを奪うのが目的ではありません。なにせ、我が国は鉱山を奪っても、それを防衛するだけの戦力はありませんから。これは餌です。帝国に守らせ、兵を集めさせ、そこを叩く――それこそが作戦の肝です」
沈黙ののち、一人の参謀が声を上げる。
「……危険すぎる策だ。しかし、成功すれば帝国は立ち直れまい」
アーノルドは静かに頷いた。
「危険を冒さねば、勝利はない。国境に布陣した敵を各個に潰すのではなく、一網打尽にする。勝つための戦争をするのだ」
その言葉に、重苦しい空気の中で次第に賛同の声が広がっていく。やがて、王国軍はこの大胆な侵攻計画を承認することとなった。
フロギストン弾頭という、誰も見たことのない絶対兵器の存在が、彼らの恐怖を希望へと変えつつあった。
ある者は震える声で「これで戦争は終わる」と呟き、またある者は「ついに帝国を打倒できる」と拳を握った。
最後にアーノルドは椅子に腰を下ろし、静かに締めくくる。
「諸君、決断せよ。これは王国の未来を賭けた一撃だ」
やがて全員の沈黙が、一つの承認へと変わった。
王国は、帝国最大のマナダイト鉱山を餌にして、大規模侵攻作戦を発動する――。




