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異世界建築物語  作者: 神尾龍平
第一章 妖精の犬小屋
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事務所へ帰っても

 事務所の扉を開けての第一声はパルムではなかった。


「何処行ってたのよ! この甲斐性なし!」

「本当に、川にでも身投げしたのかと思って心配しましたよ」


 アリとマリが同時に駆け寄ってくる。

 ちなみに前半がアリで後半がマリだ。

 腰の辺りにしがみつくフェアリーズの頭を撫でる。


「悪い。遅くなった」

「元気ないですね……私のせいですよね、ごめんなさい」


 マリが心配そうに顔を上げてくる。

 結構、気にしているみたいだな、とそれはそうか。

 自分が口火を切ったようなものだと思っているのだろう。

 当たっているようで、でも違う。

 エリーが怒ったのは約束を破った自分に対してなのだからマリの件は副産物的なものだ。


「マリのせいじゃないさ」

「でも……」

「だったら、そう思うなら、仲直りすると良い」

「……許してくれるでしょうか」


 昼間の強気な姿とは雲泥の差だけれど、素のマリは臆病で引っ込み思案だ。

 そんな片割れをサポートするように、隣からアリが言う。


「私も一緒に謝ってあげる」

「アリ、良いの?」

「旅は道連れ世はこともなし、って偉い人も言ってたでしょ」

「微妙過ぎて良いのか悪いのか判断に苦しむ間違いをするな」


 アリはえへへ、と苦笑い。


「大丈夫。二人なら、きっと大丈夫だよ」


 くじけない。

 アリは本当に強い。一年前と変わらず、前を向く。


「というわけで出かけてくるよ!」

「えっ?」

「はっ?」


 マリと声が被った。


「アリ、こんな時間に何処へ行くつもりだ?」

「もちろんエリーのところに決まっているよ。何聞いていたの?」


 腰に手を当てて首を傾げるアリ。


「いや、そんな思いきり俺が悪いみたいな顔されても困るぞ。もう遅いから向こうだって迷惑だろう。やめとけよ」

「だめだよ。行こうマリ」

「本気なのアリ……ってちょっと待って待って」


 アリはマリの手を引っ張って外へ飛び出して行ってしまった。

 開け放ったままの扉の前でパルムは呆然とした。


「一体どうしたんだ?」


 正直、悪い予感がする。謝るのは良いことだし、それを止めることはしないけれど。


「……不安だ」


 今朝から、というよりも退院した初日だというのに途方もない疲労感が押し寄せてくる。

 せめて夜は熱い風呂に浸かり、ゆっくりとしたい。

 食べる物は、まあなんとかなるだろう。


「それじゃあゆっくりとし、よう、か」


 扉を閉めて振り返ると「よお」と机に、椅子ではない机にだ。

 腰掛けた相手を見て頬が引きつった。

 忘れていた。


「随分お疲れみたいじゃねえか。話、聞かせてくれるよな?」

「は、はは……」


 エリーを追いかけたとき、誰かにぶつかったことを思い出す。

 そうか、あれは確かにヘクターだった。


 ということは、彼はあれからずっと此処に居たというのだろうか。

 多分、そうなのだろうとパルムは思った。

 ヘクターのこめかみに太い血管が浮かんでいるのを確認してしまったから。


 ヘクターに一日のことを話した。

 エリーに妖精の森の真実を話したこと、パトラがいた森へ行き、そこで建材を取ろうとして失敗したこと、元エリーの家でパトラに話したこと。

 ちなみにエリーを追いかけた理由のほうはアリとマリから聞いていたようなのでそこは省いた。


 全てを話し終え、机上に置いてあった出がらしのお茶を飲む。

 長い話になると思って事前に準備したものだったけれど、随分と冷めてしまっていた。

 ヘクターが机を叩く。

 今はきちんとパルムの反対側の椅子に座っている。


「やっぱり俺の言った通りになったじゃねえか。思いっきり面倒なことに巻き込まれて、いや、巻き込まれに〃いっている〃じゃねえか」

「そんなつもりはこれっぽっちもないよ」

「手前の頭の中は空っぽか! ノミでくり抜かれているんだなそうなんだな!」


 ヘクターが腰の道具袋から本当にノミを取り出すのを見て、慌てて椅子を引いて距離を置く。


「とにかくヘクターに迷惑はかけない本当に」

「そんな嘘を受け流せるほどこっちは人間できてねえぞ。どうするつもりだ。道具に建材、細かい釘やなんかもある。調達できるのか?」

「……いざとなればうちの机やベッドを剥ぐという手が残って」

「だから馬鹿だっていうんだこの馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿! 大馬鹿!」

「机っ! 机を叩くのをやめろ壊れる!」


 先程から何度となく振り下ろされる拳に机が悲鳴を上げている。

 このままだとパルムが剥ぐまでもなく粉砕されそうだった。


「仕事のために自分の家具を壊す建築士なんて聞いたことがねえぞ」

「そう、だろうな」


 目下、このままだと家具どころか家を追い出されそうなんだけれど。とりあえず脇に置いておこう。


「普通の木材でいいじゃねえか」

「……」


 確かにヘクターの言う通りだ。

 只、妖精の森の木材が取れないからといって有り合わせの材料で建てても、パトラは戻って来てくれないんじゃないか。そんな気がする。

 そもそも他の妖精犬だって、仲間の家を建てるのだから少しくらい分けてくれても良いだろうに。


「まあ、材木の【権益許可証】が発行されないだろうな。手前、大工資格ねえし」

「そういえばそうだった」


 権益許可証。

 建築庁に大工の店舗登録をしている商店と大工資格を持った店主に発行される物で樹木を伐採する際に必要になる。

 建築庁が伐採を許可制にする以前は、自然林が素人の手で無造作に切り倒されていた。

 そのせいで水害や風害が頻発していたため、見かねた建築庁がこのような許可制にしたそうだ。

 一級建築士試験に出題されたときのことを思い出す。


「呆れた。それもあって妖精の森に言ったんじゃねえのかよ」


 ヘクターは椅子の背にもたれた。

 すっかり忘れていた。

 妖精の森に許可はいらない。

 そもそも誰も近づかないため、管理する必要がないのだ。

 今日、その理由を身をもって体験したパルムは痛くもない頭を押さえた。


「で。これからどうするんだ?」

「……建てるよ。パトラが帰りたくなるような家を、必ず建てる」


 一方的な、約束ともいえないものだったけれど、パトラは聞いていた気がする。

 それで良い。

 十分だ。

 後は俺の仕事だ。

 机の下で拳を固める。


「……そうか、わかった」

「ヘクター? 急に立ってどうしたんだよ」

「帰るんだよ。悪いか」

「いや悪くはないけど……」


 突然立ち上がり、ずんずんと扉まで歩いていくヘクター。

 そして、そのまま出ていってしまった。

 挨拶もなし。

 一体全体どうしたのだろう。


「さすがに今回ばかりは呆れられたかな」


 何度も忠告をしてくれたにも関わらず、見事に裏切るような行動をとっている。

 そうしている自覚もある。

 ヘクターをこれ以上巻き込むのは申し訳ないと割り切るしかないけれど。


 やっぱり少し、いやかなり、寂しいなあ。


 手の中のお茶を一気に飲み干して、しばらくぼうっとしていると玄関の扉が開いてアリとマリが「ただいまー」と戻ってきた。

 そして、少しの間を置いて覗かせた顔に、パルムは驚きを隠せなかった。


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