エリーのお泊り会1
「エリー……どうして……」
「お、お邪魔しますパルムさん」
先程別れたままの姿で、エリーはおずおずと入ってくる。
「……お前たち、もしかして」
「違うって。拉致してきたんじゃないからね! 本当なんだからね!」
パルムの言いたいことを先読みしたアリが首を振る。
確認のためマリにも尋ねると、アリの言う通りだというし、更にこう付け加えた。
「エリーが来たいって言ったのです。良かったではないですか、随分と仲良くなられたようで結構です」
「……その割に機嫌が悪そうだけど」
「気のせいです」
「そうか? そうか?」
それ以上気にしても仕方ないと思い、パルムがマリから視線を外すと「……パルムさんの馬鹿」とパルムには届かないくらい小さな声でマリが呟いた。
全く気づかないパルムはエリーを椅子に座らせているところだった。
「それでその、エリー、アリとマリのことは」
「はい。もう平気ですよ。事情はパルムさんから教えて貰いましたから。アリとマリが怒るのは当然だと思います。
何も知らなかったとはいえ、私は酷いことを言ってしまいました。むしろ謝るのは私のほうだったのに……」
「エリー! もういいの!」
俯くエリーをがしっと抱きしめるアリ。
「ちょ、ちょっとアリ、苦しい苦しい」
「というわけでパルム、今日泊まるからよろしく」
「私からもお願いします」
アリが片手を上げ、マリが頭を下げるのを、パルムは訳がわからないといった表情で見下ろした。
ん? 泊まる?
「もしかして……」
「よろしくお願いします、です」
エリーが深々とお辞儀をした。
どうしてこうなった。
エリーが事務所に来てから一Hが経った。
パルムは事務所の二階の自室にいた。
机に向かって難しい顔をしているけれど決して仕事をしているわけではない。
今朝退院したばかりだというのに、二転三転する状況に頭が追いついてこないのだ。
今も階下からは賑やかな声が響いてくる。
古い借家では良くあることだけれど、此処も例に漏れず床材や壁材が薄く、軋む床はもちろん、隣の部屋の話し声も耳を澄ませば丸聞こえだった。
そして、一階にある浴室からも、普段ならフェアリーズだけの筈が、今日はエリーの声まで加わっている。
「エリーのご両親に一体全体どういう言い訳をすればいいんだよ」
エリーからは、というよりもアリとマリから聞くところによると、ご両親は〃お泊り会〃を快く承知してくれたというけれど、考えれば考えるほど不穏な空気を感じずにはいられなかった。
どうせあいつらが強引に引っ張ってきたに決まっている。
エリーは平気だと言っていたけれど、今頃エリー宅で行われている会話を想像すると胃が破裂しそうだ。
そして、足元からは。
『エリーの胸、小さくて可愛いっ。触らせて触らせて』
『アリ、やめなさいよ。エリーが困っているでしょう。でも、私も少しでいいからお願いしたいな』
『あ、だめです、そんな強くしないで、痛、くないけど』
『すべすべだすべすべ。柔らかーい』
『本当に綺麗ですねえ』
『だから触っちゃ、だめええええ』
などという声が絶えず響くものだから、余計に頭を悩ませる。
隣家にも届いているであろう妖精種族の戯れる行為はその後三十Mにも渡って続いた。
そのせいというわけではないけれど、パルムは湯舟に浸かることをためらい、結局、疲れた身体を洗い流しただけで早々に浴室を出ることになった。
「パルムさん、ちゃんと洗いましたですか?」
「ああ、エリー、うんまあそこそこに」
浴室から出て二階に上がると、自室の扉の前でエリーが立っていた。
肌着をまとい、タオルで髪の水気を丁寧に吸い取っているエリーから、お風呂上がりのほのかに甘く香る匂いがして、思わず顔が赤くなる。
「今日はお疲れ様でした。それと、ごめんなさいです」
「エリー……大変だったけれど、平気か?」
エリーにしても妖精の森の往復は大変だっただろう。
パルムと目が合うと、エリーは何故だか両手で頬を触ると、そのまま少しだけ視線を逸らし、でも決して完全に外すことはなく言った。
「パルムさん……エッチです」
「……え?」
「確かに大変でしたけれど、アリもマリもとても優しくしてくれて、ってもうっ本当に大変でした。隅から隅まで、二人で寄ってたかって、私がだめだって言うのに触り続けるし」
「ちょ、ちょっとちょっと……」
腰をくねらせてすっかり思考を彼方へ飛ばし、喋り続けるエリー。
「パルムさんったらそんな恥ずかしいことを聞きたいのですかそうですか。それは私もやぶさかではありませんけれど、できれば日を改めてゆっくりと……」
「エリーエリーっ!」
「はっ、パルムさん、私は一体全体どうしていたのです」
「良かったな正気に戻れて」
肩を揺さぶり、ようやく我に戻った少女に安堵する。
「俺が言ったのは今日は疲れたんじゃないかってことだよ」
「ああ、そっちです。はい。平気です」
「そうか。まあ今日はゆっくりと休んでくれ。アリとマリと一緒だと狭いと思うけれど我慢して。布団はお客様用のがあるから。それじゃあお休み」
「はい。パルムさんもお休みなさい」
そうして隣へアリとマリの部屋へ入っていく。
エリーと別れ自室に入ったパルムは一日の疲れからだろうか、瞼が急に重く感じられた。
ベッドに腰を落とすと身体を倒す。
もう一歩も動きたくないと、半分閉じかけた瞼の裏側で思った。
普段から寝付きの良いパルムは、すぐに寝息を発て始めた。
しばらくして、部屋の扉がゆっくりと開いて。
「……アリ、寝てますか?」
「寝てる寝てる。ぐっすりと」
「本当に良いのですこんな夜ばいみたいな……」
「いまさら何言っているのよ。エリーが言い出したんじゃない」
「それは……そうですけれど……」
「……私は反対しましたけどね」
「マリもいまさら……ああもう」
「アリ、声が大きいです」
「アリ、静かにして」
「そんな時だけ結託しないでよ!」




