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異世界建築物語  作者: 神尾龍平
第一章 妖精の犬小屋
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モース診療所

 気が付けば見知らぬ天井ーではなく良く見知った天井だった。


 木目がくっきりとした建材。

 くぬぎの木を使用しているのだろう。

 木目の乾き具合から見て建てられてから十年以内と云ったところか。

 最近は外出することが少なくなり、怪我をすることもなかったので此処に顔を出すこともめっきり少なくなったとパルムは思った。


 モース診療所は土地九十坪。

 建坪三十坪の平屋の母屋と、その倍の広さを持つ診療所とを渡り廊下で繋いだ造りをしている、エルムナード大通りにおいては少し珍しい形をしている建物だ。

 大通りに建築された建物としては比較的新しい部類に入るだろう。

 建築都市ソルティオには古い物だと百年以上前、大陸間戦争時に建てられた物まであるからだ。


 そういった建造物は現在、魔法建築士庁が厳重に管理している。

 建築技術に関する古文書のような物が眠っているのではないか、庁はそれらを秘匿している、と云うのが魔法建築士の間で囁かれる公然の秘密になっている。

 以前、この診療所の主人であるエイブラハム・モースから聞いた話を思い出す。


 モースについて語ることは少ない。

 彼が医者であり二十三歳に至る現在も独身であること以外、パルムは知らないからだ。

 付け加えるなら、そう、彼が無類の珈琲好きだと云うこと位だろうか。


 白い布で囲まれたベッドの上、パルムは身を起こそうと力を入れる。

 次の瞬間、背中を激痛が駆け抜けた。

 熱い。

 痺れるような痛みに思わず声を上げた。

 脱力しベッドに沈む。

 痛みを堪えている内、沈澱していた記憶が徐々に甦ってきた。


 ーそうだ。エリー...エリーはどうした!?


 恐らく彼女も此処に搬送された筈だ。


「エリー...」


 上手く声が出せない。

 背中の痛みに耐えて、ベッドの脇に足を下ろす。

 布を手で払うと、ようやくと部屋の様子が見て取れた。


 自分以外、他人の気配がないので個室だと思っていたけれど、実はそうではなかったらしい。

 部屋にはパルムが寝ていた物を含め、全部で六つのベッドが置いてあった。

 只、使用していた者がパルム一人だったと云うだけの話だ。


 着ていた服は着替えさせられていた。

 麻で出来た青色の服の腰の辺りを、同じく麻で出来た紐で縛っている。

 扉に向かおうと立ち上がりかけた時、木製の扉が開いた。


 アリとマリ、そして見知った男性ーエイブラハム・モースが入ってきた。

 彼は色白で眼鏡を掛けており、パッと見は優男に見える。

 しかし、白衣の下に隠された肉体は剛腕で鋼鉄。

 文字通り鋼のように鍛え抜かれている。

 ひょろ長いパルムとも、ずんぐりむっくりとしたヘクターとも違う、均整整った肉体をしていた。


「お。目が覚めたか。意外に早かったな。小便か? 手を貸すぜ」

「それは医者として云っているんだよな。ーやめろ。その妙に慣れた手つき」


 残念だなあと云うモース。

 しかしにやけた顔は変わらない。

 そうだった。

 こいつはそう云う奴だった。

 男女を問わず。


 それが彼が未だ独身であることの理由の一つだった。

 昔は女性のパートナーが居たそうだが定かではない。

 にやけ顔のモースの両脇に立っていたフェアリーズが駆けてきて、パルムの腹に顔を埋めた。


「パルムさんパルムさん!」

「もう歩いたりして大丈夫なのか!」


 背中に回された腕に傷口が当たって、それはもう痛かったけれど、必死に笑みを浮かべる。

 彼女たちはきっと不安で仕方なかっただろう。

 いつの間に気を失ったのか判らないだけに、下手をすれば二時間近く心配をかけてしまったかもしれないのだ。


「ごめん。もう大丈夫だから。それよりエリーはどうした? ーモース。何がそんなに可笑しい」


 目を細めて笑っているモースを睨む。

 彼は悪びれる様子もなく云う。


「いやなに。随分と仲良くなったものだと感心していたところだよ。しかしそうか、もう半年になるのか。ー君がアリとマリを連れて此処を訪れた時は驚いたものだが、打ち解けたようで何よりだ」

「そんなことよりエリーはどうした! 此処に運ばれてきた女の子だよ。居るーふぐっ」


 喉が詰まり上手く声が出せなかった。


「大声を出すからだ。君は決して万全ではないんだ。火傷に裂傷に打撲傷、煙を多量に吸い込んで肺と喉もやられている。

 聞けば危うく倒壊した屋根の下敷きになるところだったそうではないか。無茶も大概にしときたまえよ」

「説教ならもう受けたよ。いいからエリーはどうしたんだよ」


 やれやれとモースは首を降ると。


「ヒギンズさんの家のお嬢さんなら無事だ。今もそこの妖精ちゃん達と様子を見に行っていたところだ。幸いにして煙もそれ程吸い込んではいなかった。怪我の具合でいえば君の方が余程重傷さ」

「本当か?」

「嘘をついてどうする。心配なら見に行けば良いだろう。部屋はそこの二人が知っている。私はまだ仕事が残っているのでね、先に戻らせて貰うよ。母屋の方に居るから用事があれば呼んでくれ」


 そう言い残すとモースは部屋から出て行った。

 と思ったら廊下から顔を覗かせると、


「今日の治療費はつけておくよ。いつでも返しにきてくれ。勿論、身体で返して貰っても構わない」


 そうして今度こそ彼は姿を消した。


「あれは冗談だよな。な。アリ、マリ」


 しばし黙った後、妖精たちは。


「お金がないって大変だね」

「身体はきちんと洗って行くのが礼儀ですよ」


 と満面の笑顔で云った。


 俺に味方はいない。

 パルムが己の貧乏を呪った瞬間だった。


 エリーがいる個室は、パルムが寝ていた大部屋を出て診察室を抜けた先にあった。

 モース診療所には個室は三つしかなく、他の二つの扉には名札が掛かっていなかったので、エリーの部屋は直ぐに判明した。

 扉を叩くと返事がしたので中へ這入った。


 部屋の造り自体は大部屋と大差なかったけれど広さは半分程だった。

 簡易机と丸い椅子が一つずつ、奥の窓は木枠で出来た格子で外が見えないように閉じられている。

 それからベッドの周囲ーー白い布はレールの端にまとめられ全開に開けられている。

 上半身を起こしたエリーがこちらを見て表情を明るくした。


「パルムさん!」

「エリー! 無事だったんだな! 良かった。本当に良かった」


 傍に寄る。

 彼女もパルムと同じ病院服を着ていた。

 よく見ると、手足に包帯が巻かれている。

 パルムじっと見られている事に気が付いたエリーが傷ついた身体を毛布で隠す。


「あは、これくらい平気ですよ。パルムさんの方が余程重傷に見えます」

「ん?」


 そう云われて改めて自身の格好を見てみると。

 確かになるほど、全身包帯でぐるぐる巻きにされていた。


「いててっ。急に痛くなってきた」

「今更!?」

「鈍感にも程があるね」


 フェアリーズが呆れたように溜息を漏らす。


「仕方ないだろ。さっきまで何が何だか判らなかったんだから。ーーいててっ。こらお前達、わざと触っているだろう」


 しっかりしてよ、とぼやくアリとマリに支えられて丸椅子に座った。


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