危険
三人が横になって寝るにはパルムのベッドは狭く――真ん中のパルムは両腕を左右に放り出し、両端のフェアリーズはパルムの腕枕で彼の方を向いて寝る格好になっている。
彼女たちの要求を聞いてからパルムは窓を閉め、服を着替え、ベッドに横たわった。
彼女たちはそれを見て嬉しそうに両脇に飛び込んだ、と云う次第だった。
どちらかに顔を向ければそのまま彼女たちの唇に当たりそうで、パルムは目線だけで彼女たちを見やる。
先程よりもぐっと傍で、体温と吐息を直に感じて、パルムは喉を鳴らした。
アリとマリが笑って耳に息を吹きかけてきて。
パルムは。
「▼※□◆♂〆§〓∀♪∩★」
と訳の分からない声を上げた。
両腕に妖精たちを乗せている所為で身動きが取れず、やられ放題のパルムであった。
ようやくその口撃が止んだ頃にはパルムの吐息は艶めかしいものに変わっていた。
「はあはあ。お、お前たち......俺を悶絶死させる気か」
人事不省。前後不覚に陥って、終いには手を出してしまいそうになったことの危険性を彼女たちは判っているのだろうか。
否、判っていない。
既にパルムの下半身は暴発寸前であるというのに、彼女たちは無邪気に笑うだけだ。
「パルム......良いんだよ」
「パルムさん......好きにして」
そう云って顔を更に寄せるフェアリーズの柔らかそうな唇や長い睫毛やちらりと覗く小さな舌やはっきりした鼻に呼吸が乱れ、動悸が激しくなる。
そんな馬鹿な!
自分は小盛りには興味がない筈だ。
そう頑なに信じてきた自分が明らかに動揺し、揺らいでいる。
己の個人性の崩壊の危機だった。
有り得ない!
有ってはいけない!
駄目だ駄目だ!
駄目――駄、目。
――も、う、限、界、......。
「「ぷっ......あははははははははっははははは」」
「......え」
アリとマリが辛抱しきれないと云った様子で顔を離して大笑いした。
恐らく相当前から我慢していたのだろう。
彼女たちは暫く腹に手を当てて、腹が痛い腹が痛いと何度も口にしていた。
そこで漸くパルムは自分がからかわれていたことに気が付いた。
何たる愚鈍――パルムは自分で自分が情けなくなった。
しかしそれと同時に自分の個人性が護られたようで安堵した。
もしも此処で彼女たちに手を出していたら、自分は一生ヘクターから笑いものにされるだろう。
そんなことは断じて有ってはならないし、今後の仕事にも影響するかもしれない。
下手をすれば事務所名だってパルム設計事務所からパルムとフェアリーズのおかしな設計事務所とかに改名しなくてはならない可能性だって出てくる。
否、さすがにそれは言い過ぎかもしれないが、兎に角も彼女たちの陽動に動揺しなくて良かった。
冗談抜きで本当に危ない処だった。
ひとしきり笑い終えた妖精たちにこう云う。
「お前たち、何がしたいんだよ。寝たいって云ったのは嘘だったのか? それとも――」
別の意味で寝たいってことだったのか、とはさすがに云わなかったけれど。
彼女たちはふるふると首を振った。
アリが云う。
「寝たいって云ったのは本当。只、〝寝ても良い〟と思ったのは、どうかな。ね、マリ」
「ね。それはパルムさんが判断して下さい」
「もうその話は勘弁してくれ。で?」
「......」
アリとマリがパルムの寝間着の裾を強く握った。
先程とは違う真摯な眼差しを向けられ、パルムは何を云えば良いのか判断がつかず、結局、天井を見上げたまま、彼女たちが話し出すのを待った。
パルムの肩に額を押しつけるようにして、マリが云う。
「妖精犬のことで――昔のことを思い出してしまって、目を瞑ると怖くなったんです。それをアリに云ったら、パルムさんの処に行こうって云ってくれたんです」
「......そう云うことか」
失敗した。
後悔が胸を打ち、酷く苦々しい気持ちがする。
不用意に彼女たちに昔のことを連想させる言葉は云うべきではなかった。
アリとマリは昔――自分が住んでいた妖精の森を焼かれたことがあるのだ。
その刻、親姉弟、仲間とも散り散りになっている。
彼女たちとはそうした場面で出会って、それから一緒に暮らしている。
妖精犬のことは――きっとそのことを想起させるのには充分な材料になったに違いない。
彼女たちは未だ、傷を抱えて生きているのだ。
最近は一見するとそんな風には見えないフェアリーズの姿に油断していた。
「悪い。厭なことを思い出せちゃったな。俺の所為だ。赦してくれ」
「そうだ。パルムの所為だよ」
「そうです。全てはパルムさんの責任です。だから責任とって、一緒に寝て下さい」
身体が密着させるアリとマリ。
パルムは彼女たちをしっかりと抱いて。
「狭いのは我慢してくれよ」
と云った。
そして――暖かい微睡みの中、突如としてそれは響いた。
頭蓋を直接殴られたような、重くて激しい強烈な音。
パルムとアリマリが同時に身を起こして頭を押さえる。
その音は正確には音とも、ましてや声とも違うように感じられた。
間断なく襲いかかる痛みに眉根を歪める。
目の前の世界はぐにゃぐにゃとうねり、立ち上がることもままならない。
このままだと意識を失いかねないと、懸命に呼吸を整える。
「アリ。マリ。大丈夫か!」
「痛い痛い! マリ。何これ!」
「アリ。しっかりして。これは――」
マリが何かを思いついたように顔を上げて云った。
「――妖精犬の鳴き声です!」
これが妖精犬の鳴き声だって?
鉄を擦り合わせたような不快な響きだ。
こんな......こんなに不吉なものなのか。
「普段からこんな声で鳴くのかよ。近所迷惑も考えろよ」
「違います。妖精犬の鳴き声は〝指向性〟を持っているんです」
「指向性?」
「妖精犬は任意の人へ波長を合わせて声を飛ばすことができるんです。だから、多分、これが聞こえていると云うことは妖精犬に認識されている、と云うことです」
認識されている。
なるほど。
つまり午前中、あの妖精犬はしっかりとパルムを個人として把握していたと云うことか。
だとしてもどうしてアリとマリまでこの鳴き声が聞こえるのだろう。
彼女たちはまだ妖精犬には会っていない筈だ。
「判りません。只、妖精犬についてはまだ不明な点は沢山あります」
確かにマリの云う通りだった。
考えても仕方ない。
兎に角も、今はこの鳴き声が意味することの方が重要だ。
つまり――。
エリーに危険が迫っている。
パルムとアリとマリは互いに頷くと、痛みを堪えてベッドから出た。




