第九話:契約の街
雨が降っている。
灰ではなく、水。
焼けた匂いではなく、アスファルトの冷たい匂い。
「……平和ね」
マリー・ブラッドが呟く。
見上げた先には、ネオンに染まる高層ビル群。
人が歩き、車が走り、
何も知らない世界が、何事もなかったかのように回っている。
ハンター・マイケルが煙草に火をつける。
「あの仕事は終わった。だから次の仕事だ。」
ハンター・マイケルはポケットから、一枚のカードを取り出す。
黒い、無機質なカード。
刻まれているのは、ただ一つの番号。
「次が来た」
マリー・ブラッドがそれを覗き込む。
「差出人は?」
「名前はない。ただの依頼だ」
「嫌な匂いしかしないわね」
「いつものことだろ」
短く笑う。
そのとき。
背後に、車が滑り込んできた。
音もなく止まる、黒塗りのセダン。
ドアが開く。
「お迎えに上がりました」
スーツの男。
感情のない声。
マリー・ブラッドは一瞬だけハンター・マイケルを見る。
そして――乗った。
車内は、静かだった。
外の喧騒が嘘のように遮断されている。
マリー・ブラッド
「で、どこに連れていくの?」
「到着すれば分かります」
それ以上は、何も言わない。
やがて。
車は地下へと潜る。
幾重ものゲートを抜け、
ようやく止まった。
重い扉。
開く。
中は――広い。
無機質なコンクリートの空間。
その中央に、一人の男が立っていた。
背を向けたまま。
「来たか」
低い声。
振り返る。
年齢は四十前後。
整ったスーツ。
だが、その目は――ただのビジネスマンではない。
「はじめまして」
男は軽く頭を下げた。
ハンター・マイケル
「依頼人だ」
マリー・ブラッドは一歩前に出る。
「内容は?」
「単純だ」
男は指を鳴らす。
壁面のスクリーンが起動する。
映し出されたのは――
一人の人物。
若い男。
どこにでもいそうな顔。
「こいつを、確保してほしい」
マリー・ブラッド
「殺しじゃないのね」
依頼人の男
「ああ。今回はな」
ハンター・マイケルが眉をひそめる。
「理由は?」
男は少しだけ間を置いて、答えた。
「“見える”らしい」
沈黙。
「何が?」
マリー・ブラッドの問い。
依頼人の男は、はっきりと言った。
「未来だ」
空気が変わる。
ハンター・マイケルが鼻で笑う。
「また妙な話だな」
「宗教よりはマシでしょ」
マリー・ブラッドは淡々と返す。
だが――目は笑っていない。
「で?」
「その男は、三日前に“ある事故”を予言した」
スクリーンが切り替わる。
爆発。
崩れるビル。
ニュース映像。
「的中した」
ハンター・マイケルの表情が変わる。
「偶然じゃないのか」
「二度、三度と続いている」
男は静かに言う。
「そして――」
再び、映像が変わる。
今度は、手書きのメモ。
乱れた文字。
そこに書かれているのは――
“次は、ここだ”
地図。
赤い印。
マリー・ブラッドが、それを見て止まる。
「……これ」
「心当たりがあるか?」
「ええ」
短く答える。
「今、私たちがいる場所よ」
一瞬の静寂。
ハンター・マイケルが低く呟く。
「冗談だろ」
男は、微笑んだ。
「だから急ぎなんだ」
マリー・ブラッドは、ゆっくりと息を吐く。
そして――笑う。
「いいわ」
その目に、戦いの色が戻る。
「連れてくる」
「生きたまま、ね」
男は頷く。
「報酬は?」
ハンター・マイケルが聞く。
男は、指を一本立てた。
「桁が一つ違う」
「……いいね」
ハンター・マイケルが口元を歪める。
マリー・ブラッドは、もうスクリーンを見ている。
そこに映る、“未来を見る男”。
「ねえ、マイケル」
「なんだ」
「今回は――少し厄介よ」
「いつもだろ」
「違う」
マリー・ブラッドは静かに言う。
「相手は、“これから起きること”を知ってる」
沈黙。
そして。
「それでもやるのか?」
マリー・ブラッドは振り返らない。
「だからやるのよ」
雨の音が、遠くで響いている。
新しい仕事。
新しい敵。
そして――
まだ見えない“先”。
「行くわよ」




