第八話:残り火の声
夜は、静かすぎた。
燃え尽きたはずの街。
だが――どこかで、まだ“音”がしている。
「……聞こえる?」
マリー・ブラッドが足を止めた。
ハンター・マイケルも、同時に立ち止まる。
「風じゃないな」
低く答える。
その音は――
ささやきだった。
人の声。
遠く、路地の奥から。
「こんな時間に?」
「違うわね」
マリー・ブラッドの目が細くなる。
「“こんな状況で”よ」
二人は視線を交わし、無言で進む。
崩れた壁を越え、焼け焦げた路地へ。
そこに――いた。
数人の人影。
焚き火を囲んでいる。
いや、違う。
その火は、普通の炎ではない。
赤く、揺れている。
どこか――見覚えのある色。
「……聖火」
マリー・ブラッドが小さく呟いた。
あり得ない。
本部は潰した。
象徴も、教義も、指導者も――すべて。
なのに。
「まだ残ってたか」
ハンター・マイケルが銃に手をかける。
だがマリー・ブラッドは、それを制した。
「待って」
観察する。
集まっているのは、武装した信者ではない。
ただの人間。
疲れた顔。
痩せた体。
そして――すがるような目。
「……違う」
マリー・ブラッドは呟く。
「兵士じゃない。“難民”よ」
その中の一人が、火に手をかざしながら言う。
「大丈夫だ……これがあれば、救われる……」
「教祖様は死んでも……火は、消えない……」
その言葉に、ハンター・マイケルが舌打ちする。
「最悪だな」
マリー・ブラッドは、ゆっくりと前に出た。
影から姿を現す。
ざわり、と空気が揺れる。
「誰だ……?」
男たちの視線が集まる。
マリー・ブラッドは、その火を見つめたまま言った。
「それ、誰に教わったの?」
沈黙。
やがて、一人が震える声で答える。
「……声が、聞こえたんだ」
「声?」
「“火を絶やすな”って……」
マリー・ブラッドの表情が、わずかに変わる。
ハンター・マイケルも、それに気づく。
これは、ただの残党じゃない。
「……面倒なことになってきたな」
マリー・ブラッドは火に近づく。
手を伸ばす。
その瞬間――
炎が、わずかに“揺れた”。
まるで、意思を持つかのように。
「……やっぱり」
低く呟く。
「まだ、“中身”が残ってる」
男たちがざわつく。
「やめろ!それは聖なる――」
次の瞬間。
マリー・ブラッドは、迷いなくその火を踏み消した。
じゅっ、と鈍い音。
煙が立ち上る。
静寂。
「……あ」
誰かが、かすれた声を漏らす。
希望が、消えたような顔。
だがマリー・ブラッドは、冷たく言い放った。
「それは救いじゃない」
視線を上げる。
怯え、崩れかけた人間たちを、まっすぐに見据える。
そして――
「火は消えた。――もう、終わりよ。」
マリー・ブラッドは歩き出す。
その背に、炎はもうない。




