第五話:エピローグ:残響と再起動
世界は、何も知らない。
あの夜。
あのビルで何が起きたのか。
どれだけの人間が消え、どれだけのシステムが崩壊したのか。
ニュースは、ただ一行だけを伝えた。
――「原因不明の爆発事故」
それだけだった。
“業火のカルテット”という名前は、どこにも残っていない。
記録も、証拠も、関係者も。
まるで最初から存在しなかったかのように、すべてが消されていた。
だが――
完全に消えたわけではない。
とある国境沿いの街。
乾いた風。
低い建物。
銃声が日常に混じる場所。
その一角のバーで、二人は向かい合って座っていた。
マリー・ブラッドは、グラスを傾ける。
ハンター・マイケルは、壁際の席から周囲を観察している。
「平和ね」
「そう見えるだけだ」
短いやり取り。
だが、その空気は――以前とは違っていた。
背中を預けてもいい距離。
だが、完全には預けない距離。
奇妙な均衡。
「で、次どうする?」
マリー・ブラッドが聞く。
「仕事を探す」
ハンター・マイケルは淡々と答える。
「普通に?」
「普通じゃない仕事だ」
マリー・ブラッドは小さく笑う。
「結局、それしかできないのね」
「お前もだろ」
否定は、なかった。
そのとき。
ハンター・マイケルの端末が、わずかに震えた。
一瞬だけ、空気が変わる。
マリー・ブラッドの視線が、鋭くなる。
「……来た?」
ハンター・マイケルは画面を見る。
沈黙。
「いや」
そう言って、端末を伏せる。
「ただのノイズだ」
マリー・ブラッドは、しばらく彼を見ていたが――それ以上は聞かなかった。
同時刻。
どこか。
深い地下。
光のない部屋。
無数のモニター。
そのすべてが、一斉に起動する。
黒い画面に、白い文字が浮かび上がる。
『ログ復旧中』
『戦闘データ:断片回収完了』
『再構築プロセス開始』
一つのファイル名が、ゆっくりと表示される。
『PROJECT:INFERNO QUARTET』(プロジェクト:業火の四重奏)
そして――
別の行。
『被験体候補:再選定』
『識別コード:H.M / M.B』(ハンター・マイケル / マリー・ブラッド)
バーの外。
風が強くなる。
砂埃が舞う。
遠くで、誰かが銃を撃つ音。
マリー・ブラッドは立ち上がる。
「行くわよ、相棒」
ハンター・マイケルも、静かに席を立つ。
「ああ」
二人は、同時に外へ出る。
光の中へ。
だがその背後で――
誰もいないはずのテーブルに、残された端末が一つ。
画面が、ひとりでに点灯する。
そこに表示されたのは――
『新規依頼』
ターゲット:未設定
報酬:未定
条件:観測中
そして最後に。
小さく、確かに。
『――再起動』
世界は、まだ終わっていない。
“業火のカルテット”は、消えたのではない。
ただ――
次の舞台を選んでいるだけだ。
第一部 完




