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暗殺者たちの鎮魂歌(レクイエム) ―最後の依頼―  作者: レモンティー


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第十六話:契約の外側

部屋の空気は、まだ張り詰めていた。

ユウの言葉――

「俺が選ぶ」が、静かに残響している。

誰も動かない。

時間だけが、わずかに遅れて流れているようだった。

依頼人の男は、その中心に立ったまま、ユウを見ている。

「……興味深いな」

低い声。

落ち着いているのに、どこか“均一すぎる”。

マリー・ブラッドが、わずかに目を細めた。

「……あなた、さっきと違うわね」

男は、薄く笑う。

「違うのではない。“隠すのをやめた”だけだ」

その瞬間だった。

――空気が、ズレる。

輪郭が、わずかに“遅れて”ついてくる。

一人のはずの男が、

いくつも重なって見える。

ユウの視界が、勝手に開く。

「……っ、またか」

流れ込んでくる無数の“可能性”。

だが――崩れない。

前とは違う。

今回は、耐えられる。

「君はもう、壊れない」

男の声が、重なる。

一つではない。

複数の“確定した声”。

「だから見せられる」

ハンター・マイケルが、低く言った。

「説明しろ」

男は視線を逸らさない。

「私は観測者だ」

「やっぱりね」

マリー・ブラッドが小さく吐き捨てる。

だが、男は首を振る。

「違う」

一歩、踏み出す。

その動きに、空間が追従する。

「“観測する側”ではない」

さらに一歩。

「“観測を決める側”だ」

沈黙。

空気が、わずかに沈む。

ユウが口を開く。

「……上位存在ってやつか」

「その言葉は雑だが、間違ってはいない」

男は肩をすくめる。

「君たちの理解の範囲では、それでいい」

――そのとき。

空間の奥が、波打った。

水面のように。

現実そのものが揺らぐ。

「来るわ」

マリー・ブラッドが即座に構える。

ハンター・マイケルも銃を上げる。

ユウだけが、動かない。

ただ、“見る”。

歪みの中から現れたのは――

人の形をした何か。

だが、確定していない。

輪郭が、常に揺れている。

存在が“決まっていない”。

「……同じタイプか」

ハンター・マイケルが舌打ちする。

《観測異常を検知》

声が、頭の内側に直接響く。

《管理領域への侵入を確認》

ユウの歯が軋む。

「こいつ……前の……」

だが、依頼人の男は動じない。

「想定内だ」

その一言で、空気が変わった。

静かに、だが決定的に。

「ここは――私の領域だ」


次の瞬間。

世界が、“固定された”。

揺らぎが止まる。

分岐が閉じる。

可能性が、一本に収束する。

ユウの視界が、初めて完全に“静止”する。

「……なんだよ、これ」

侵入者が、明らかに揺らいだ。

初めて、不安定になる。

《干渉……制限……?》

マリー・ブラッドが低く呟く。

「押さえ込んでる……」

ハンター・マイケルも続く。

「完全に上だな」

男は淡々と言う。

「上下ではない。“決定権”の問題だ」

手を上げる。

それだけで、空間に線が走る。

見えない線。

だが確実に“そこにある”。

それが侵入者に絡みつく。

《拘束確認》

《解放処理開始――》

「無理だ」

男の一言。

それだけで、処理が“止まる”。

「この座標は、私が決めた」

ユウの中で、何かが弾ける。

「……決めた?」

男が頷く。

「観測とは選択だ」

「……!」

ユウの能力と、重なる。

理解してしまう。

「お前……同じか」

「そうだ」

男は、はっきりとユウを見る。

逃げ場のない視線。

「君と同じだ」

一拍。

「ただし、スケールが違う」

侵入者が暴れる。

空間を引き裂こうとする。

だが、裂けない。

ここでは、すべてが“決まっている”。

「終わりだ」

男が、指を閉じる。

それだけで。

侵入者の存在が、削れていく。

輪郭が消え、意味が薄れ、

“存在していた事実”ごと消えていく。

《……干渉……不可》

《退避――》

最後まで言い切ることもなく。

――消えた。

完全に。

音もなく。

痕跡もなく。


静寂。

誰も、すぐには動けなかった。

やがて。

ハンター・マイケルが大きく息を吐く。

「……冗談だろ」

マリー・ブラッドは静かに銃を下ろす。

「納得したわ。あなたが“依頼人”である理由」

ユウは、動けないまま呟く。

「……同じ、って……」

男が近づく。

足音すら、遅れて聞こえる。

「君は“点”だ」

指を軽く上げる。

「私は“面”」

さらに続ける。

「そしていずれ、君は“線”になる」

ユウは顔をしかめる。

「意味わかんねえよ」

男は微笑む。

「分からなくていい。それが今の正解だ」

マリー・ブラッドが現実に引き戻す。

「で、依頼は?」

男は短く答える。

「完了だ」

ハンター・マイケルが笑う。

「そりゃ助かる――」

だが。

男は続けた。

「ただし」

空気が変わる。

ユウを見る。

「契約は更新される」

「……は?」

「君はもう、“外側”に触れた」

静かな宣告。

「元の世界には戻れない」

ユウが反発しかける。

だが、止まる。

理解してしまっているからだ。

自分が、もう普通ではないことを。

「……選べってことか」

男が頷く。

「常にそうだ」

長い沈黙。

やがて。

ユウは息を吐いた。

「……じゃあ」

顔を上げる。

その目は、もう迷っていない。

「条件は変わらない」

「ほう」

「俺が選ぶ」

一瞬の間。

そして。

男は、はっきりと笑った。

「いいだろう」

マリー・ブラッドが肩をすくめる。

「決まりね」

ハンター・マイケルが苦笑する。

「厄介な人生だな」

ユウも笑う。

「ほんとだよ」

だが、その目は前を向いている。

男が背を向ける。

「次の依頼は、すぐに来る」

その言葉は重くない。

むしろ自然だった。

外では、雨が降り始めている。

世界は続く。

観測も、選択も。

終わらない。

それでも――

ユウは、初めて自分の意思で、

その中に立っていた。

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