3話『殿下は十年間、私だけを愛していた』
箱の中には宝石もなければ、高価な贈り物もなかった。
最初に目に入ったのは、形の崩れた花冠だった。
青い小花。
見覚えがある。
その下に小さな紙が添えられていた。
君が花冠を作ってくれた日――
私は思わず椅子から立ち上がる。
思い出した。
あの日、庭園で摘んだ花だ……
幼い私が夢中で花冠を編み。
不器用な手でティベルトへ差し出した。
『王太子殿下にもあげます』
そう言ったら。
彼は顔を真っ赤にして固まった。
当時の私は子供だったから意味が分からなかった。
今なら分かる。
あれは――
好きな相手から初めて贈り物をもらった顔だった。
「こんな幼い頃の物を……こんな大切に――」
花冠の下には、違う品も入っていた。
古い絵本。
そして栞。
紙には短く書かれている。
レティシアが熱を出した日に貸した本。
君は三回も読んでくれた。
私が熱で寝込んでいると知って。
ティベルトがこっそり持ってきてくれた本だった。
私は天を仰いだ。
どうして……
婚約を終わらせたのだから。
全部捨てればよかったのに。
目からは涙がこぼれ、身体は崩れ落ちた。
「ティベルト……私はどうすれば……」
その時――
扉が叩かれた。
ドアを開けると。
そこに立っていたのはエミリカだった。
目が赤い。
泣いた跡が残っていた。
「エミリカは知っているんですよね……」
声が震える。
「殿下が婚約破棄した理由を――」
エミリカは静かに頷いた。
「あたしだって嫌だった」
「え……?」
泣きそうな顔。
「ティベルトは一度もあたしを見てくれなかった」
見ていたのはレティシアだけ。
最初から最後まで。
ずっと。
エミリカは涙を拭った。
そして静かに言う。
「知ってる? 殿下はね。十年間、一日も欠かさず貴女の日記を書いていたの」
エミリカは机の上へ日記帳を置いた。
一冊ではなかった。
二冊でもない。
十冊以上あった。
「これ全部……?」
エミリカは頷いた。
「十年分よ」
息を呑む。
エミリカは震える声で続けた。
「婚約破棄した日も。目が見えなくなった日も。全部、最後に書いてあるのは貴女のことだった」
日記を開く。
最後のページ。
文字は歪み。
所々が掠れていた。
『もう見えない』
『でも書き続けたい』
『今日は声が出ない』
『でも君の名前だけは言えた』
『レティシアが好きだ』
『十年前から』
『ずっと』
『今も』
『たぶん最期まで』
私は言葉を失った。
エミリカが唇を噛む。
そして。
口を開いた。
「殿下の余命は……あと三日よ」
静寂。
私はゆっくりと日記を閉じた。
涙はもう止まっていた。
代わりに胸の奥で何かが燃え上がる。
私が立ち上がると、エミリカは顔を上げた。
「――レティシア?」
私は答える。
「王都へ行きます」
「もう間に合わないかもしれません……」
「それでも行きます」
迷いはなかった。
あの人は一人で戦った。
なら今度は。
私の番だ。
「絶対に――一人で死なせません」




