第四話 地上の世界
外界に出ると、まるで別世界だった。草が緑で輝き、どこまでも平野が続いていた。綺麗な薄水色の空が広がっていた。
「きみ、空は初めてかな?一番輝いているのが太陽だ。地上は朝昼晩で光の入り方が違うんだ。夜になると月も出るし、天気もコロコロ変わるし、地下暮らしの俺たちには無縁の天候もあるんだよ。」
「ツキ……?テンコー……?何を言っているのかわからないよ???」
「あ、そうだ。これ渡しておくよ。地上について書かれた冊子だ。持っていきな。初めて地上に出る人に渡しているんだ」
ロランは静かに受け取った。紙が5枚ほど綴られた冊子となっていて、一度開いてみると、地上について細かく書かれていた。『天候』の欄には、地上には晴れ曇り雨が存在し、さらには冬になると雪というものが降るらしい。時には風が吹き荒れ、嵐や吹雪を巻き起こすとも書いてあった。
「今は雲一つない快晴だな。今から出るなら、ちょうどいいと思うぞ。」
「あぁ、ありがとう…おじさん…。」
ロランは跳ね橋を渡り、外に出た。振り返ってみると大きな岩山に周りには水の流れる堀もあって、外の魔獣から炉都グランバルドを守るための工夫が施されていた。
ロランが見つめていると、跳ね橋は上げられ、入り口は塞がれていた。
(もう…ここには…戻ってこられないんだな…。)
その瞬間、我慢していた涙があふれ出てきた。泣きたくても泣けなかったのが、今になって怒涛のように押し寄せ、思いっきり声を出して泣いた。
(父さん…母さん…俺、頑張るから…必ず…必ず…会おうな。)
悲しみの感情を落ち着かせて、一歩一歩、歩みを進めることにした。隣町までは舗装もされていない道を進むことになる。助かったのは沢山の人たちが歩いてきた道には草も生えておらず、歩きやすくなっていて道に迷うこともなさそうだった。時々、道端に野営をした跡が点在していた。冒険者が残していったのだろうか。
隣町までは3日かかるらしい。何度も休憩を挟みながら、ゆったり、道を進めることにしていた。草は風でなびき、鮮やかな緑がロランの視界を楽しませた。グランバルドでは、ランタンのオレンジの灯りですべての色がくすんで見えていた。緑だと言われても、この鮮やかさはなかったのだ。新鮮な気持ちと風の気持ちよさを知って、ロランは世界が広いことを今知ったのだった。
朝、出発して半日は経っただろうか。初めて、半日も歩いたロランの足はもうほとんど動くことが出来なくなっていた。冒険に慣れてもいないロランは休憩の取り方も何も知らない。とりあえず、前へ前へ進んできた。冒険に向けての準備が全然足りていなかった。
(くぅ…足がいてぇ…どこかで休まないと…)
もう限界だった。ロランは歩き続け、ゆったりと出来る場所を探していた。近くに流れる小さな川を見つけ、そこで休憩することにした。荷物をすべて取り外し、体を軽くする。綺麗な川の水で顔を洗い、涙も洗い流した。母が持たせてくれたお弁当には干し肉が多めに入っていた。河原に腰を掛け、干し肉を食べながら、川に足を入れて冷やしていた。歩きすぎて、むくみ、熱を持った足には川の冷たさが心地よかった。水筒に入った水も飲み干し、川の水を水筒に移し替えた。少し、時間を忘れて、ゆったりと時を過ごしていた。冊子を読んで地上の勉強をしたりもした。
しばらく、休憩した後、再び歩き出すことにした。魔獣が出ると言われている森の手前が今夜の野営地となる。それも冊子に書いてあった。隣町までの行き方も書いてあり、とても重宝していた。
今のところ、平野では魔獣の姿はまだ見ていない。とりあえず、今は野営地に向かって、歩みを進めていた。今日は初めてのことだらけで、だいぶ疲れがたまってきているようだった。早めに、野営地へ向かうため少しだけ急ぎ足で一生懸命に歩いていく。そして、夕暮れが近付く頃に到着した。
辺りは夕日で空もオレンジに輝き、これもまたロランにとっては初めての景色だった。
(すごい…綺麗だ……こんな世界もあったのか…。)
ロランは人知れず感動していた。初めての景色に心打たれ、どんなに狭い世界で生きてきたのか実感した。
近くには川も流れており、まだ明るいうちに水浴びをすることにした。リュックを木陰に置いて、川に入った。ひんやりして、気持ちがよかった。ついでに衣服も洗い、持ってきたロープを木につないで干すことに。着替えの服に替え、薄暗くなってきた世界の微かな明かりで小枝や乾燥した葉っぱなどを集め、焚き火の準備を始めた。
ベルトから火打石と火口を取り出し、火をつけようと、何度も何度もカッカッカと音を響かせながら試みるが、なかなかつかない。今まで使ったことのない火打石の火花を火口に移すのが難しいと感じた。ただ、何度も何度もやっていると段々、火花が移るようになってきた。あとは空気を送り込むだけ。何度も何度も繰り返し、やっとのことで火口が燃え始めた。すかさず、燃えやすい乾燥した葉、そして、小枝を乗せ空気が入るように息を吹きながら燃やしていった。火が付いたころには、もうすでに辺りは真っ暗になっていた。焚き火を見ていると、『炉都グランバルド』を思い出し、再び、孤独に襲われてしまった。暗闇の中からも魔獣の声がする。
―キィィィィーーーー…グルル…
辺りから鳴き声が聞こえるたびにロランは恐怖に怯えていた。周りを警戒しつつ、お弁当の干し肉を一切れかじり、今夜は眠ることにした。しかし、魔獣の声がなんだか近付いて来るような気がして、浅い眠りしか出来ずに朝を迎えてしまった。
干していた洗濯物もリュックに入れて、旅立ちの準備を進める。今日から森の中へ入って向かわなければならなかった。森の中には危険がいっぱいだ。魔獣の生息地である。隣町へはこの森を抜ける必要がある。
(怖い…でも、行かなきゃ…。俺は生きてやるんだ…なんとしても…。)
自分の心を鼓舞し、森の中へと入っていった。




