第94話 vs.討伐軍 ㉝ -セラド戦-
「いいから、やってくれ! お前しか頼れないんだ!」
俺は、懇願するように言った。
ネムの呼吸はもう、いつ止まってもおかしくないほどに弱くなっている。
首輪の放つ禍々しい赤い光が強くなっているのが見て取れた。
「わ、私にしか……?」
「そうだ」
「で、でも……私なんかが……」
「私なんか、じゃない」
俺は強く言った。
「ユニコーンの浄化も、グレムリンの解析能力も、解呪の秘石の力も、全部お前の中にある。その力が必要なんだ!」
「……私の力が必要……」
バフォメットは、ぽつりと呟く。
その瞬間、ネムの首輪がひときわ強く光った。
「ぁあああっ……!」
「ネム!」
ミロが叫ぶ。
ネムの身体が大きく跳ねる。
もう、限界だ。
バフォメットはその声に驚き、びくりと肩を震わせる。
「ひっ、ひぃぃ! ご、ごめんなさい! 今やります! 精一杯やりますけど、失敗しても怒らないでくださいぃ……」
そう言って、バフォメットは慌てて立ち上がろうとした。
だが、立ち上がったとき、服の袖を自分で踏んでしまう。
「ふぎゃっ!?」
そのまま、前のめりに転んだ。
「おいっ!」
慌てて手を伸ばすも届かない。
だが、倒れ込んだバフォメットの手が、偶然にも、ネムの首輪に触れる。
その瞬間――
世界が白に染まった。
「うわっ!?」
目が眩むほどの真っ白な光が、小部屋を埋め尽くした。
俺は思わず目を閉じる。
ただ、耳の奥で、澄んだ鈴のような音が鳴っている。
チリン。
チリン。
心の深い場所まで洗われるような、不思議な光。
その澄んだ音は、絡み合った何かを一本ずつ解いていくような音に聞こえる。
それ以外の音は聞こえない。
まるで時間が止まったようだった。
どのくらい経っただろうか。
カチャン。
小さな金属音で、現実に引き戻される。
光が、ゆっくりと収まっていく。
「……え?」
俺がゆっくりと目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
ネムの首から、奴隷の首輪が外れていた。
いや、外れただけではない。
石床の上に、ただの鉄屑となってバラバラに転がっていたのだ。
そして、ネムの顔から、苦痛の色が消えていた。
さっきまで死にそうに歪んでいた表情は、嘘のように穏やかになり、呼吸も落ち着いているようだった。
深く眠っているだけのように見える。
「ネム……ネム、首輪が……外れてる……」
ミロが、ネムの首元を震える手で触れる。
首輪も、呪いも、もうそこにはなかった。
「やった……。やったぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ミロは、天井が突き抜けるほどの歓喜の声を上げて飛び上がる。
「外れた! 外れたぞ! ネムの首輪が!」
「しーっ! 寝てる! 寝てるから!」
俺は慌ててミロを制する。
ミロの顔を見ると、涙でぐしゃぐしゃの顔で笑っていた。
全身から力が抜ける。
なんとか成功した。
当のバフォメットは、自分の両手を見つめながら、「え? え?」と、まるで何が起こったのか自分でも分かっていないような、マヌケな表情で固まっていた。
「え? あ、あの……私、何かしちゃいました……? ……もしかして大事なものを壊しました? す、すみません、すみません!」
「バフォメット……!」
「ひゃいっ!?」
俺はこらえきれず、その小さな身体を抱きかかえ、高く持ち上げた。
「よくやった! お前のおかげで、あの子は助かったんだ!」
「な、なんですか!? このまま天井に頭をぶつけて殺されるんですか!?」
「違うっての! 本当に、よくやってくれたな」
「ほ、本当に……怒ってないんですか……?」
何を勘違いしているのか、号泣しているバフォメット。
俺たちのやり取りを見て、ミロが涙を拭いながら、笑っている。
バフォメットは、まだ俺に抱えられたまま、袖で顔を隠していた。
「うぅ……感謝されると、心臓が破裂しそうですぅ……。でも、あの子が苦しく無くなったなら……よかったですぅ……」
その小さな呟きに、俺は思わず笑った。
だが、次の瞬間。
遠くの広間から、凄まじい轟音が響いた。
さっきまでの比ではない。
ダンジョン全体が、大きく揺れる。
『主よ、鬼一殿が危険です!』
部屋の外で待機させていた、アビスからの念話だった。
「……喜んでる暇はなさそうだ」
ネムの首輪は外れた。
なら、あのエルフと精霊女王の繋がりにも、何かしらの変化が起きているはずだ。
「絶対に鬼一を助けるぞ」
俺は再び気合を入れて、鬼一の元へ向かう。
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