第90話 vs.討伐軍 ㉙ -セラド戦-
主人が死ねば、奴隷も死ぬ。
かといって、セラドが精霊魔法を使い続ければ、ネムが負荷に耐えきれずに死ぬ。
八方塞がりだ。
ミロは、少しの間だけ黙った。
そして、苦しそうに横たわるネムを見る。
悔しさで顔を歪めながら。
それでも、覚悟を決めた。
「……アンタ。名前は知らないけど、頼みがある」
「……ボンドだ。……なんだ?」
「解呪の秘石を……ネムに使ってくれ」
それは、自分の命を捨てることと同義だった。
「良いのか……?」
俺が問い返すと、ミロは悲しげに、しかし迷いのない声で答えた。
「ああ。たぶん……ガルムの兄貴も、俺と同じことを言うはずだ」
「………だ、め……」
ネムが、かすれた声で割って入った。
石畳の上に寝かされていたネムが、震える腕で懸命に身体を起こそうとする。
「ネム!?」
ミロが慌てて駆け寄るが、ネムは彼の手を弱々しく振り払った。
紫紺の瞳から、大粒の涙が溢れ出している。
「だめ……。私、だけ……助かる………なんて……」
「ネム、喋るな! お前はもう限界だ!」
「お願い、ミロ……。そんなの、いや………私だけ自由になって、ミロとガルムが死ぬなんて……そんなの、絶対にいや……っ!」
ネムは咳き込み、首輪からくる激痛に顔を歪めながらも、必死に訴えかけた。
「でも、どうしようもないだろ……!」
ミロが泣き叫ぶように言う。
残酷な選択。
誰も悪くないのに、ただ理不尽な呪いのせいで、命の選別を強要されている。
重い沈黙が落ちた。
その間にも、遠くの広間から凄まじい衝撃音が響く。
ドォォォンッ!
余りの衝撃に床が揺れる。
ネムの首輪が、さらに強く光る。
「っ、ぁあ……!」
「ネム!」
まずい。
もう、悠長に考えている時間はない。
「……二人とも、よく聞け」
ボンドは二人の前にしゃがみ込み、静かに言った。
「俺に、一つだけ考えがある」
「え……?」
ミロが涙声のまま、顔を上げる。
「全員を助ける方法だ。……でも、かなりの『賭け』にはなるが」
「賭け……だって?」
ボンドは頷き、懐から端末を取り出した。
青白い光を放つ画面。
そこには、現在の『DP』が表示されていた。
第一階層で倒した冒険者。
そして、先ほどリュネという氷の魔法使いを倒した分を含めて、現在の所持DPの合計数は、『6,400DP』にまで膨れ上がっていた。
これを見たボンドは、信じられないような提案を口にする。
「解呪の秘石を使って、魔物を合成する」
「……は?」
ミロの目が点になった。
「ああ。俺は、ここのダンジョンマスターだからな」
「ダンジョン……マスター、だって!?」
ミロが信じられないものを見るようにボンドを見る。
無理もなかった。
この世界の常識では、ダンジョンは自然発生するもの。
最奥にいる強い魔物を倒し、ダンジョン・コアを壊せば消えるもの。
その程度の認識なのだろう。
そこに、《《管理者》》がいるなんて発想はないのだ。
「詳しい説明は後だ。ともかく、俺は召喚した魔物を合成できる。二つの魔物を掛け合わせて、新しい魔物を作れるんだ」
「……そんな馬鹿な話があるかよ」
「実際にある。俺の仲間たちは、ほとんどそれで強くなった」
「あ、あの怪物たちは……あんたが作ったのか……!?」
「そして、合成の際には『触媒』としてアイテムを混ぜ込むことができる。そのアイテムの特性を、魔物に継承させることができるんだ」
ミロは、まだ理解が追いつかない顔をしている。
だが、ネムは苦しそうな息の中で、わずかに目を開いた。
「だから……解呪の秘石を……触媒に……?」
「そうだ」
ボンドはネムに視線を合わせる。
「解呪の秘石を使って、首輪の呪いを解く力を持った魔物を作る。成功すれば、三人全員を助けられるかもしれない」
「……で、でも、成功する確証なんて、どこにもないんだろ!?」
ミロが食ってかかる。
当然だ。
システム上にも、触媒の能力を必ず継承するなんて説明は一切ない。
俺の願望と、ゲーム的思考に基づいたこじつけの推論にすぎないのだから。
「ああ、確証はない。もし、失敗すれば、全員助からないかもしれない。……でも、お前ら三人全員を助けるには、この『賭け』に勝つしかない」
俺は正直に言った。
嘘をついて希望を持たせるのは酷だ。
これは、文字通りのオール・イン。
「でも……」
ミロが葛藤に顔を歪める。
失敗すれば、誰も助からない。
だが、成功すれば……。
その時。
ネムがミロの服の裾を、ギュッと強く握りしめる。
「お願い………します……」
「ネ、ネム!?」
「三人一緒に……脱出、できないなら……あいつと一緒に死んでも……同じ、だから……」
「そんなこと言うなよ!」
「でも……本当、なの……」
ネムは、苦しそうに胸を押さえながら、ミロを見た。
「ミロ……私、一人で……生きるのは……いや……」
ネムの紫紺の瞳は涙を流しながらも、決して揺るがない強い光を放っていた。
「ガルムも……ミロも……一緒じゃなきゃ……本当の…自由じゃ、ない……」
「……」
ミロは、ネムの真っ直ぐな瞳を見つめ返し、それから俺を見た。
そして、大きく息を吸い込み、決然と言い放った。
「わかった。俺も、気持ちは同じだ。……俺たちの命、アンタの『賭け』に乗せてやる」
ミロは、ネムから受け取った『解呪の秘石』を、ボンドの掌に強く押し付けた。
「ただし、失敗したら許さねぇ」
「ああ。任せておけ」
俺は秘石をしっかりと握りしめ、立ち上がった。
時間がない。
広間の鬼一が、いつまで精霊の猛攻を凌ぎ切れるか分からない。
俺は端末の画面を開き、【魔物召喚】のリストに目を走らせた。
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