第89話 vs.討伐軍 ㉘ -セラド戦-
俺が静かに語り終えると、ミロの顔から血の気が引いていた。
「……待てよ」
「ネムが……器……? あのクソエルフの……?」
ミロの手が怒りで震えている。
「なんだよ、それ……聞いてねぇぞ……!」
ネムは苦しそうな表情で、呟くように言った。
「……ミロ……ごめん、なさい……」
「……どうして言わなかったんだ?」
「ガルムに……言われた、から……。ミロに言ったら……きっと無茶、するからって……」
ネムは、途切れ途切れにそう言った。
一言ごとに胸が上下し、額に浮かんだ汗がこめかみを伝っていく。
ミロは、何か言おうとしたが、言葉を飲み込んだ。
怒ることもできない。
責めることもできない。
ネムはずっと、自分の身体が徐々に壊されていることを分かっていたのだ。
ボンドは話を続ける。
「それと、ガルムっていう獣人のことだけど」
「おい……!」
ミロが、ボンドの胸倉を掴みかからんばかりの勢いで詰め寄ってきた。
「ガルムの兄貴は無事なんだろうな!? 兄貴の身に何かあったら許さねぇぞ!」
「ああ、安心してくれ。動きは封じさせてもらったが、ちゃんと生きてるよ」
「そうか……よかった……」
ミロは大きく息を吐き出し、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。
だが、安堵するのはまだ早い。
「さて、ここからが本題だ」
ボンドはミロを見る。
「エルフの精霊魔法を封じ、この戦いを終わらせるには、その子がカギとなる」
ミロは瞬時にダガーに手をかけ、ネムを庇うように立ち塞がった。
「……さっきアンタが言った、器を壊せばいいって。まさか、ネムを殺す気か!? ネムに何かしたら承知しねえぞ!」
「違うって! 危害は加えないって言っただろ! 少し落ち着け!」
ボンドは必死に両手を振り、ミロを制止した。
「そんな真似をするくらいなら、最初からお前たちをここに避難させたりしない。……俺が言いたいのは、その子を救いつつ、エルフの精霊も封じる方法だ」
「ネムを……救うだって?」
「エルフの精霊魔法は、その子の首輪に魔力が繋がって成立している。なら、その繋がりを断ち切ってしまえばいい」
「そんなことできるのかよ……?」
「そのガルムってやつから聞いたが……お前たち、『解呪の秘石』ってやつを持ってるんだろ?」
「あ、ああ……」
ミロは警戒しながらも、ネムへと視線を落とした。
ネムが震える指で、胸元を押さえる。
そこに隠しているのだろうか。
「それを使えば可能かもしれない」
「……それで首輪を外せるんだな?」
「ああ。ただし、問題がある」
「問題って、なんだよ?」
ボンドは少し言い淀む。
これから告げる現実は、彼らにとってあまりにも残酷だということが知っていたからだ。
「……ガルムは知っていたそうだが。その解呪の秘石は……一回しか使えないそうだ」
「なんだって!?」
ミロが驚愕に目を剥き、絶句した。
あの馬車の中で、三人は誓ったはずだ。
三人で逃げる。
三人で自由になる。
誰か一人だけではなく、全員で。
それが、一人しか救えないという現実。
「なんで……ガルムの兄貴、そんな大事なことを……」
「お前らの希望に満ちた顔を見ていたら、どうしても言い出せなかったんだってさ……」
「……馬鹿野郎」
ミロの声は震えていた。
「じゃあ、どうすりゃいいって言うんだよ……」
獣の耳がペタンと伏せられ、ミロは頭を抱え込む。
「待て、落ち着け」
ボンドはミロの肩を掴んで、どうにか冷静さを保たせようとした。
「一つ確認したい。その首輪をつけたまま、あのエルフの術者を倒したら……どうなるんだ? 術者が死ねば、呪いが解けて、お前たちの奴隷の首輪も外れるんじゃないのか?」
もしそうなら、話は早い。
どうにかして鬼一がセラドを倒せば、全て解決する。
だが、ミロは力なく首を横に振った。
「この首輪は特別製なんだ……。普通の奴隷の首輪とは違う。首輪をつけたまま主人が死んだら、奴隷も一緒に死ぬ」
「やっぱりか……。カーミラの言う通りだ」
俺は苦々しく舌打ちをした。
***
『なぁ、カーミラ。そのガルムという獣人についている奴隷の首輪だが、術者であるエルフが死んだら、呪いも解けて解放されるんじゃないのか?』
俺の甘い見通しを、カーミラは鼻で笑って一蹴した。
『主よ、闇の魔道具を侮ってはならぬ。この手の強力な呪具は、逃亡や反逆を防ぐために、非常に厄介な仕掛けが施されておるのが常じゃ』
『厄介な仕掛け?』
『たぶんじゃが、主人と運命を共にするように設計されておる。主の生命活動の停止と連動して、奴隷に呪いが発動する仕組みじゃ。つまり……主人が死んだら、奴隷も死ぬじゃろうな』




