第86話 vs.討伐軍 ㉕ -セラド戦-
ミロは舌打ちをするが、どうすることもできない。
前進すればゴブリンたちの格好の標的だ。
そのまま奥の道に進むしか、選択肢は残されていなかった。
彼らは完全に、広間から隔離された奥の通路へと押し込まれていた。
冷たく湿った空気が、肌を刺す。
通路は狭く、逃げ場はない。
ズドォォォォォォンッ!!!
その時、セラドたちがいる広間から、空間そのものを揺るがすような凄まじい爆発音が轟いた。
熱波と突風が押し寄せ、ミロは思わず腕で顔を庇った。
風の切れ間から広間の中央を見る。
そこでは、セラドとダンジョンのボスと思われる巨大な鬼が、正に死闘を繰り広げているところであった。
セラドが指を振るうたびに、4元素の魔法が鬼を襲う。
対する鬼も、身の丈ほどもある大太刀を振り回し、凄まじい剣気で魔法を相殺していく。
その余波だけで、身震いがしそうな次元の違う闘い。
「ううっ……」
その時、ネムの膝が、がくりと折れた。
「ネム!」
ミロが慌てて駆け寄る。
セラドが魔法を放つたびに、ネムが呻き声を漏らす。
呼吸が浅く、瞳の焦点が合っていない。
「ごめん……ミロ……。少し、体が、重くて……」
「黙ってろ。喋るな」
ミロは混乱と焦燥に駆られた。
セラドの魔法が放たれる度に、ネムが苦しんでいることは、嫌でも理解できた。
あのクソエルフ、一体ネムにどんな呪いを仕掛けてやがるんだ!
ミロは周囲を睨む。
ゴブリンたちは、一定の距離を保ったまま、こちらを包囲している。
すぐには襲ってこない。
「くっ……このクソ野郎共が」
ミロは血が滲むほどに唇を噛んだ。
目の前には、武器を構えたゴブリンの群れが、冷酷な目でミロを見据えている。
もう、一歩も後退できない。
ネムは動けない。
ミロ一人の力で、このゴブリンの小隊を突破することは不可能だった。
「……ここで終わりか」
ミロはダガーを強く握り直した。
せめて、最後までネムを守って死ぬ。
最後の一滴まで血を流し、一矢報いてやる。
ミロが牙を剥き出しにし、ゴブリンたちへ突撃しようとした、その刹那。
「ミロ! う、後ろっ!!」
ネムが、突然かすれた声で叫んだ。
ミロは反射的に振り返った。
――ズズンッ。
通路のさらに奥、ダンジョン・コアが鎮座しているであろう最奥の部屋。
そこから重々しい足音が響く。
松明の光も届かない暗闇のベールを破り、ゆっくりと姿を現した《《それ》》を見て、ミロの背筋が凍った。
「なん、だよ……あの鎧は……」
喉が乾く。
さっきの鬼だけじゃない。
このダンジョンには、まだこんな怪物がいたのか。
そこに立っていたのは、身長2.5メートルに達する、巨大な『鎧』だった。
全身が青黒い甲殻と鈍銀の金属で覆われている。
右腕には巨大な大盾。
左腕には、身の丈を超える長槍。
兜の隙間からは、深海の底を覗き込むような、冷たく不気味な青い眼光が漏れ出している。
それは、深淵の騎士――アビス・ナイトであった。
空間が、歪むほどの威圧感。
ミロは獣人の本能で、瞬時に理解させられた。
……勝てるわけがねぇ。
この圧……間違いねぇ、さっきの広間にいた、あの鬼と同じくらいの強さだ……!!
目の前のゴブリンの小隊にすら苦戦しているのに。
背後を塞ぐように現れたのは、更なる怪物。
前門の虎、後門の狼。
いや、もはやそんな次元でもない。
完全な詰みであった。
さらに、危機は重なる。
「……はぁっ、はぁっ……ミロ……ごめんなさい、もう……」
ついにネムが苦しそうな声を上げ、膝から崩れ落ちる。
首輪の赤い紋様が、先ほどよりも禍々しく光っていた。
ミロが慌てて駆け寄る。
「ネム! しっかりしろ! 三人で……ガルムの兄貴と一緒に、自由になるって約束しただろ!」
ミロはネムの身体を抱き起し、必死に呼びかけるが、彼女の意識は戻らない。
それと同時に、セラドと鬼が戦っている広間から異様な気配が漂ってくる。
空気そのものが押し潰されるような重圧。
世界の理がねじ曲がるような、圧倒的な魔力の奔流。
精霊女王が召喚されたことによる、尋常ではない魔力の波動が、ミロたちにまで押し寄せてきたのだ。
「一体、何がどうなってやがる……」
迫りくるゴブリンの群れと、鎧の怪物。
そして、異様な気配と倒れたネム。
ミロの精神は、混乱と恐怖で完全にパンク寸前だった。
もう終わりだ。
ここで、俺たちは無惨に死ぬ。
ミロがぎゅっと目を閉じた。
その時であった。
「――お前ら、こっちにこい」
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