第87話 vs.討伐軍 ㉖ -セラド戦-
その場に突然、男の声が響いた。
ミロは驚いて目を見開く。
声は、目の前にそびえ立つ巨大な鎧の怪物から聞こえた。
兜の奥の青い光が、明滅している。
「この鎧が……喋ったのか……!?」
巨大な鎧の魔物は、長槍を下げたまま、静かにこちらの様子を見ている。
攻撃してくる気配はないようだ。
その圧力は、さっき広間でセラドと対峙していた鬼と同じか、それに近い。
今のミロでは、どう足掻いても勝てない相手だろう。
ただでさえ恐ろしい魔物が、意思疎通を図ってきたことに、ミロは警戒心を強める。
ダガーを握る手に力を込め、ネムを庇うように立ち上がった。
「な、何のつもりだ! 俺たちを油断させて襲うつもりか!?」
ミロが威嚇するように叫ぶ。
すると、巨大な鎧が、ゆっくりと横へ一歩退いた。
すると、その鎧の背後から、ひょこりと人影が出てきた。
「……え?」
ミロは自分の目を疑う。
現れたのは、人間だった。
年齢は二十代か三十代に見える。
その着衣は、冒険者のような革鎧でも、魔術師のローブでもない。
上下が揃った、黒に近い紺色の上等そうな服を着ている。
しかし、その服は血と泥で酷く汚れており、ところどころが裂けているようだ。
男は、両手を軽く上げていた。
『敵意はない』という意思表示のつもりなのだろうか。
「お前らが、ミロとネムってやつだろ?」
男はそう言った。
声は少し緊張しているように聞こえた。
その言葉を聞いて、ミロの全身の毛が逆立つ。
「なぜ俺たちの名前を知っているんだ!? お前は何者だ!?」
「話は後だ。お前たちに危害は加えないと約束する」
……こいつは、何者だ!?
意味が分からない。
強力な魔物たちを従えるようにして現れた、見ず知らずの人間の男。
しかも、なぜか俺たちの名前を知っている。
異常だ。
あまりにも異常すぎる。
こんな場所にいる奴が、まともな人間であるはずがない。
だとしたら、近づけば何をされるかわからない。
「警戒するなって方が無理だろ! こんなダンジョンにいる人間なんて、どう考えてもまともじゃねぇ!」
「それはまあ、自分でもそう思う」
男は、少し困ったように頬をかいた。
その反応が、妙に人間臭い。
ミロは頭をフル回転させ、生存するための行動を模索する。
ダガーを構え直し、男と鎧から視線を外さずに、一歩後ずさった。
しかし、背後には武器を構えたゴブリン部隊が道を塞いでいる。
逃げ道など、初めから存在しない。
ミロの葛藤と警戒を察したのか、男は小さくため息をつく。
「……まぁ、警戒するなって方が無理だろうが。俺はお前たちの敵じゃない」
ボンドは、真っ直ぐにミロの目を見て、決定的な言葉を放った。
「ガルムってやつから、話は色々聞いてる。今は時間がないから、早くこっちへ来てくれ」
「――――ッ!?」
ミロの耳が、ぴくりと跳ねた。
「ガ、ガルムの、兄貴が!?」
思わず、裏返った声が出た。
なぜ、この見ず知らずの男が、ガルムの兄貴の名前を知っている?
ガルムの兄貴は《《あいつ》》の命令で、第一階層の蟻の巣穴を潰しに行っているはずだ。
まさか、途中でこいつと出会った?
それとも、この男がガルムの兄貴を……いや、男の目には悪意を感じられない。
「ああ。詳しい話はあとだ。少なくとも、ガルムはお前たちを助けてほしいと言っていた」
ミロは、唇を噛む。
罠かもしれない。
兄貴の名前を使ってこちらを油断させようとしているだけかもしれない。
……こいつの言葉が嘘か本当かはわからない。
だが。
どちらにしろ、ミロにこの鎧の魔物を倒す手立てはない。
ゴブリンたちの包囲も抜けられない。
そして、ネムは今にも意識を失いそうだ。
ここは従うしかない。
この男について行って、隙を見て逃げる。
そして、ネムを助ける方法を探すしかない。
「……わかった。あんたについていく」
ミロはダガーをゆっくりと鞘に収め、敵意がないことを示した。
「ただし、少しでも変な真似したら、俺はこいつを連れて逃げる」
ミロは倒れているネムの細い身体を両腕でしっかりと抱きかかえた。
「こっちだ。急ごう」
男が背を向け、真っ暗な通路を歩き出す。
ミロはネムを抱えたまま、警戒を解かずにその後へ続いた。
背後で、道を塞いでいたゴブリンたちも一緒についてきた。
「ネム、聞こえるか。少しだけ我慢しろ」
「ミロ……ごめんね……」
背後では、セラドと鬼の戦いの気配が大きくなっている。
壁越しにも分かるほどの、圧倒的な魔力のうねり。
何かが始まろうとしている。
ミロはネムを抱く腕に力を込めた。
ミロとネムは、正体不明の人間と共に、ダンジョンの奥へと足を踏み入れていくのだった。
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