第84話 vs.討伐軍 ㉓ -セラド戦-
精霊女王の足元から、四つの魔法陣が瞬時に展開された。
火、水、土、風の魔法陣。
圧倒的な精霊の魔力が、容赦なく鬼一に襲いかかる。
その威力は、先ほどの精霊たちの《《それ》》とは比較にならなかった。
「――【原初火】」
彼女の白く細い指先が振られると同時に、最初に放たれたのは、灼熱の炎玉。
それも、ただの火球ではない。
広間の酸素そのものを喰らい、膨れ上がる灼熱の波。
「ちいッ!」
鬼一は体を翻し、横へ跳んだ。
しかし、炎はまるで意志を持つ大蛇のように空中で軌道を変え、鬼一の逃げ場を塞ぐように殺到する。
「ならば、斬るまで!」
喰血が唸った。
鬼一の剛腕が振るわれ、炎の波を真正面から斬り裂く。
ズバァァァンッ!
灼熱の海に、黒い裂け目が走った。
だが、斬ったはずの炎が、裂けた断面からさらに増殖し、牙を剥く。
「なに……!?」
鬼一は即座に踏み込みを変え、爆発的な脚力で地面を蹴って天井近くまで跳躍した。
その真下を、炎の海が奔る。
「【大地槍】」
次に、ティターニアの冷徹な声が響くと、地面が爆ぜた。
岩の槍が、何十本も地面から突き上がる。
空中で逃げ場のない鬼一へ、容赦なく。
「ぐっ!」
鬼一は下から迫る岩槍の一本を足場にし、さらに上へと跳ぶ。
だが、足場にした岩槍が内部から爆発するように砕け散る。
砕けた無数の岩片が、散弾銃の弾丸のように鬼一の全身を打つ。
鬼一の額が割れ、左肩の皮膚が裂ける。
脇腹にも鋭い石片が深々と刺さった。
鬼一の身体には、トロールから受け継いだ【再生】のスキルがある。
だが、傷が塞がる傍から、新たな岩片が肉を抉り、再生の速度が全く追いつかなかった。
それでも鬼一は空中で身を捻り、喰血の柄を握り直す。
「【豪剣・波断】!」
鬼一の剣圧が、迫り来る岩槍をまとめて砕いた。
それらが石の雨となって広間へ降り注ぐ。
「【水葬渦】」
空中で体勢を崩した鬼一を、今度は巨大な水球が襲った。
その水球は、鬼一の体を丸ごと包み込み、内部で凄まじい凄まじい渦を発生させる。
呼吸と視界が奪われる。
鬼一の巨体が、水球の中で木の葉のように回転する。
水圧で、鬼一の骨すらも砕こうと軋ませる。
鬼一は水球の中で、『喰血』を握り締めた。
斬る。
しかし、水は斬れない。
いや、斬っても一瞬で元に戻ってしまう。
ならば。
「おおおおおおおッ!」
鬼一は水球の中心で身体を捻り、全身の筋力を一本の刀へと集約させた。
「【鬼旋】!」
それは、剣士ユナから受け継いだ、『神速の剣技』を応用した技。
回転する身体ごと放つ、螺旋の剣技。
『喰血』が、水球の渦とは完全に逆方向に、爆発的な速度で振るわれる。
一太刀が水流を削り、剣の回転が渦の流れを乱す。
そして、ほんの一瞬。
水球に歪みが生まれた。
鬼一はそのわずかな隙間へ身体をねじ込み、ずぶ濡れになりながら強引に外へ飛び出す。
「がはっ……!」
肺に残った水を吐き出す暇もない。
そこへ最後の一撃が待っていた。
「【天風裂】」
風が、見えない巨大な斧となって、頭上から落ちてくる。
大気そのものの断頭台だ。
「ッ!」
鬼一は瞬時に『喰血』を横に構え、渾身の力でその不可視の一撃を迎え撃った。
受けた。
受けたはずだった。
ガギィィィィンッ!!
『喰血』の刃が悲鳴を上げる。
尋常ではない重圧。
鬼一の両足が、地面にめり込む。
膝が沈む。
不可視の風の圧力に耐えきれず、『喰血』を支える両腕の筋肉が内側から裂け、血が噴き出す。
「ぐ、ぅ……!」
それでも、鬼一は倒れなかった。
風の斧を刀で受け止めたまま、奥歯を砕かんばかりに噛み締める。
その時、『喰血』が赤く脈打った。
主の血を吸い、刀身に浮かぶ赤い波紋がより濃く、より鋭く輝いていく。
鬼一は咆哮と共に腕力を爆発させ、押し潰そうとする風の斧を強引に弾き返した。
その姿に、精霊女王が、初めて反応を示した。
「……ほう。まだ立つか」
「当然……!」
鬼一は血を吐きながら、ニヤリと笑った。
それは、強がりではない。
自分よりも格上を前にした、純粋な武人としての笑みだった。
「我は、御屋形様の剣……。簡単に折れるわけには、いかぬのでな……!」
背後で見ていたセラドが、鼻で笑う。
「無駄だ。精霊女王に抗える魔物など、この世に存在しない。貴様はここで死ぬ運命だ」
「我の死に場所は、御屋形様が決める!」
全身は裂傷だらけ。赤銅色の肌は血に染まり、足元には赤い水たまりができている。
立っていることすら奇跡のような、満身創痍の状態だった。
【再生】スキルが働き、傷口の肉が蠢いて塞がろうとしている。
しかし、治るより早く、次の攻撃が来る。
ティターニアは、静かに片手を上げた。
四つの魔法陣が、再び彼女の背後に開く。
先ほどの魔法陣よりも大きい。
四つの元素が絡み合い、混ざり合い、一つの滅びとして形を成していく。
「次で終わらせよう」
精霊女王の無慈悲な声が、広間を満たした。
それは無情な宣告だった。
鬼一は、血まみれの手で『喰血』を握り直す。
逃げるという選択肢はない。
「来い、精霊女王」
鬼一は、血に濡れた牙を剥いて笑った。
「この身が砕けようとも、貴様の一撃、受け切ってみせる」
「消えるがいい」
巨大な魔法陣から、とてつもない魔力が噴き出してくる。
いかに鬼一であれど、文字通り跡形もなく消えてしまうほどの威力。
その滅びの一撃が、今まさに放たれようとしていた。
その時。
「……ッ」
突然、精霊女王の動きが、ピタリと止まった――
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