第83話 vs.討伐軍 ㉒ -セラド戦-
鬼一に、四体の精霊たちの攻撃をことごとく退けられたセラドは、屈辱と激しい憤怒に顔を歪めていた。
このままでは終われない。
己が下等生物と見下す魔物に後れを取るなど、ハイエルフ族の誇りが許さなかった。
「ハイエルフの王子、セラド・ルナ・ファルシオンが命ずる――。万物を統べる契約の鎖を以て、原初の高潔を呼び戻さん。『精霊女王』よ! 顕現せよ!」
セラドの狂気を孕んだ絶叫が、広間に木霊する。
四体の精霊が、悲鳴のような音を立て、光の粒子となって弾けた。
赤、青、黄、緑。
四色の光が交差し、渦を巻き、セラドの頭上へと収束していく。
パァァァァンッ!
それは、ダンジョンそのものを内側から破壊しかねないほどの、凄まじい魔力の爆発。
四色の光の粒子は空中で複雑に絡み合い、激しく渦を巻きながら、やがて一柱の巨大なシルエットへと収束していく。
空気が、異常なほどに重くなる。
いや、空気だけではない。
地面が、壁が、天井が、精霊女王の魔力そのものに押し潰されるように軋む。
「ぬぅ……」
これまでセラドの猛攻を一歩も退かずに受け止めていた鬼一が、その魔力圧に押され、初めて一歩後退した。
足元の地面が大きく揺らぐ。
荒れ狂う光の渦が広間全体を飲み込む。
やがて、その光の奔流が明確な意思を持って鬼一の巨体へと襲い掛かった。
「ぐ……ッ!」
鬼一は咄嗟に喰血を振るった。
「【豪剣・波断】!」
セラドの精霊魔法を吹き飛ばした重い斬撃。
空間ごと叩き割るような剣圧が、光の奔流にぶつかる。
刃と光が衝突し、鼓膜を破るような轟音が鳴り響いた。
鬼一の腕が限界まで膨張し、鋼の如き脚力で踏みとどまりながら、どうにかその一撃を逸らすことができた。
やがて光が収束する。
静寂が戻った広間。
そして。
そこに、それは顕現した。
身の丈は三メートルほど。
人の形をしているが、人ではない。
長い髪は若葉のような緑と、夜明けの金が混ざり合い、揺れるたびに小さな光の粒を散らす。
肌は白磁のように白く、瞳は四季の色をすべて閉じ込めた宝玉のよう。
背には、蝶とも鳥ともつかぬ、薄く巨大な光の翅。
まるで自然そのものが、女性の姿を借りているような存在だった。
「童は、精霊女王。世界樹の盟により参った」
鈴の音のように澄んだ声が響く。
精霊女王は、自身の足元にいるセラドを見下ろして言った。
「童を呼んだのは、そこなハイエルフか?」
セラドは、珍しく息を荒げていた。
額には汗。
唇の端からは、わずかに血が滲んでいる。
それでも、その顔には狂喜が浮かんでいた。
「そ、そうだ! 俺はセラド・ルナ・ファルシオン。ハイエルフの王子だ」
初めて。
初めて、成功した。
あの時は暴走に近かった。
兄上を殺した時、精霊女王の姿は歪んだ光の奔流でしかなかった。
だが今は違う。
確かに顕現している。
目の前に、精霊女王がいる。
自分の命令を聞くために!
「俺が、次のハイエルフの王になる者だ!」
精霊女王は、表情を変えることなく静かにセラドを見つめた。
「そうか……。だが、ここは、戴冠式ではないな?」
その声には、肯定も否定もなかった。
しかし、彼女の言葉に、セラドは一瞬だけ口ごもる。
精霊女王は、正当なハイエルフの王の戴冠を祝福する際に召喚するのが通例だ。
加えて、その力はハイエルフの里を守護するためのものだからだ。
しかし、セラドはすぐに狡猾な笑みを浮かべて言い放った。
「ああ、この魔物たちが、ハイエルフの里を襲っているんだ。先に殺す必要がある! 手を貸してほしい!」
息を吐くように放たれた嘘。
しかし、精霊女王はその言葉の真偽を問うことはなかった。
「――承知した」
精霊女王は、ゆっくりと鬼一の方へ向き直る。
その瞬間、広間の空気が更に重くなった。
ただ視線を向けられただけで、純粋な『死』の気配が押し寄せてくる。
「世界樹の盟により、貴様を排除する」
無慈悲な宣告。
だが、鬼一は喰血を構え直し、決して退かぬという強靭な意志を込めて吼えた。
「誰であろうと、ここは通さぬ!」
この先には、ダンジョン・コアを守る部屋がある。
どんな理不尽な敵が相手であろうと、ここを突破させるわけにはいかない。
面白い、続きが読みたいと思っていただけましたら、ブックマークと評価をお願いします!




