第82話 vs.討伐軍 ㉑ -セラド戦-
吹雪に閉ざされた北方の宿場町。
いつものように、裏の仕事で一稼ぎした後のこと。
寒空の下、屋根もない道端に、氷のような目をしたエルフの女が座っていた。
美しい銀色の髪を雪で濡らし、ボロボロのローブを纏っている。
彼女の瞳を見た瞬間、セラドには分かった。
同じ匂いがする。
大切なものに裏切られた者。
自分を認めなかった世界を、心の底から憎んでいる者。
セラドは、その女に興味を抱いた。
「そこのお前、なぜここに座っている? もしかして、行くところがないのか?」
セラドが問うと、その女は冷たい目でこちらを睨んだ。
「……あなたには関係ありませんわ」
「そうか。なら、私についてこい」
「はい? ……なぜですか?」
「私も、この世界が嫌いだからだ」
エルフの女は、しばらく黙っていた。
やがて、小さく笑った。
「……いいですわ。あなたのその眼、嫌いではありません」
それが、リュネとの出会いだった。
聞けば、リュネは同族たちから迫害され、理不尽に故郷を追われたのだという。
セラドと同じであった。
下等な連中に理不尽に引きずり降ろされ、泥の中を這いつくばっている。
それから二人は共に旅をすることになった。
リュネの魔法と、俺の知恵。
二人が組めば、裏社会で生き抜くのは容易だった。
しかし、俺の目的はただ生き延びることではない。
失った『力』を取り戻すことだった。
そしてある時、東の大陸にある闇の奴隷市に足を運んだ時のことだ。
排泄物などの酷い匂いが充満する地下室。
鉄格子の中には、人間、獣人、魔族、混血児が確認できた。
あらゆる種族が、値札をつけられて並べられている。
そこでセラドは、『目的のもの』と出会うことになる。
漆黒の肌に、銀色の髪。紫紺の瞳を伏せた、みすぼらしい少女。
――ダークエルフの子供だった。
ダークエルフ。
それは、ハイエルフとは対をなす種族であり、エルフ族の中でも最も忌み嫌われる一族だ。
その理由はただ一つ。
『精霊に愛されないから』である。
ダークエルフは闇魔法への高い適性を持つ反面、精霊の声を聞くことはできず、精霊魔法の一切を使うことができない。
世界樹や精霊との繋がりが重要とされるエルフにおいては、最も劣等な種族の証明であった。
その哀れな奴隷の子供を見た瞬間。
俺の脳裏に、ある閃きが走った。
「そうか……。エルフ族であり、精霊との繋がりを一切持たない唯一の種族……!」
セラドは興奮に打ち震えた。
精霊女王との間に魔力的な繋がりができてしまったことで、制御できない膨大な魔力が自分に入り込んでしまう。
ならば。
その膨大な魔力を、第三者に肩代わりさせればいい。
それも、精霊の魔力と親和性のあるエルフ族でありながら、自身が精霊との繋がりが無い『ダークエルフ』という器は、まさにうってつけであった。
「くくく……。どうやら俺は、天に見放されなかったらしい」
セラドは奴隷商に告げた。
「あのエルフの子供も商品か?」
「ええ。もちろんですとも」
「いくらになる?」
「エルフは人気ですからなぁ。しかもダークエルフの子供は珍しい……。金貨千枚はくだりません」
「わかった。生憎、今は持ち合わせが無くてな……。また改めさせてもらおう」
セラドには当てがあった。
古代の呪術について記された魔導書の中に、他者と魔力的な回路を強制的に繋ぐ魔道具が存在することを知っていたからだ。
そこからセラドは、裏の人脈を駆使して、その魔道具を見つけ出す。
多少の金と、数人の命が犠牲になったが、そんなことは関係なかった。
そして、再度奴隷商に訪問する。
「あのダークエルフの子供を買いたいのだが、一度品定めさせてほしい」
セラドは、奴隷商に金貨の詰まった袋をちらつかせる。
「あぁ、お待ちしておりましたよ。セラド様のために取り置きしております……。その代わり、少しばかり価格が上がっちまいましたがねぇ」
奴隷商が下卑た笑いを見せる。
「ふん、卑しい商人め……。まぁ良い、状態が良ければ買わせてもらおう」
「はい。どうぞ、じっくりとご確認ください……」
そう言って、奴隷商は鉄格子を開ける。
鎖に繋がれたダークエルフの子供が、セラドの前に引き出された瞬間だった。
「リュネ」
「ええ、承知しました」
リュネの放った水刃が、奴隷商の首を音もなく刎ね飛ばした。
血が壁に飛び散り、奴隷商の太った体がドサリと床に崩れ落ちる。
ダークエルフの子供が、小さく悲鳴を漏らした。
「静かにしろ」
セラドは子供の前にしゃがみ込んだ。
「お前の名は?」
「……ネ、……ネム」
「そうか」
セラドは怯えるネムの首に、闇の商人から大枚を叩いて買い取った『特製の首輪』を嵌め込む。
それは、単に奴隷を縛るだけの首輪ではない。
装着者と所有者を、強制的に魔力で繋ぐための呪具であった。
「ひっ……!」
首輪が赤い光を放ち、ネムの細い首にガッチリと食い込む。
同時に、セラドの魂に絡みついていた重い鎖が、別の場所へ流れ込んでいくのを感じた。
「ふ、ふははっ……」
セラドは笑い声を上げた。
その時、部屋の外が騒がしくなった。
奴隷商が殺された異変に気づいたのか、武装した傭兵たちが十数人、地下室に殺到してきた。
「おい、さっきの音はなんだ!?」
「てめぇら! うちのボスに何しやがった!」
地下室に入った瞬間、奴隷商の死体を見るや、血走った目で剣を振りかぶる傭兵たち。
セラドは、ゆっくりと彼らに向かって片手を翳した。
「……風よ」
短く命じた。
その瞬間、俺の呼びかけに応え、風の精霊たちが魔法を展開する。
「――【鎌鼬】」
シュパパパパパパンッ!!
一瞬の出来事だった。
地下室の中を暴風が吹き荒れ、先頭にいた傭兵の腕が、首が、胴体が、目に見えない無数の刃によって細切れにされていく。
「ぎゃあああああっ!」
血飛沫が舞い、断末魔が響き渡る。
セラドは自分の両手を見つめた。
……痛みがない。
身体が焼けるような感覚も、骨が砕けるような圧迫感もない。
「……成功だ」
精霊魔法の代償である逆流した魔力は、首輪を通じて、すべて背後にいるネムへと流し込まれている。
セラドは再び精霊たちに命じ、残った傭兵たちを次々と炎で焼き尽くし、土の槍で串刺しにしていく。
「素晴らしい……! 私の力が戻ってきた!」
セラドは振り返り、ネムを見下ろした。
彼女には、精霊女王の膨大な魔力が流し込まれている。
並のエルフであれば、その魔力に耐えきれず、精神が崩壊するか肉体が破裂して死んでいるだろう。
だが、不思議なことに、ネムは首輪を押さえて苦しそうに荒い息を吐いてはいるものの、他に異常は見られなかった。
「……ほう。死なないか」
セラドは目を細めた。
どうやらこいつは、かなり高い魔力適性を持っているらしい。
流れ込んだ魔力を、無意識下に制御しているようだ。
「くくっ……思わぬ拾い物だな」
使い捨ての器になると思っていたが、これほど優秀な『受け皿』になるとは。
「忌み嫌われるダークエルフにしては、使い道があるではないか」
「……お、お願い、します……助け、て……」
ネムが震える声で命乞いをする。
セラドは、その涙でぬれた顔を冷酷に見下ろした。
「助けるだと? 勘違いするなよ。お前は今日から、私の『奴隷』になったのだ」
セラドはネムの顎をつかみ、嘲笑った。
「どうせ、忌み嫌われているダークエルフ族だ。誰にも必要とされないゴミが、この私のために役立てるのだ。光栄に思え」
絶望に染まるネムの瞳を見つめながら、セラドは暗い地下室に響き渡るほどの高笑いを上げるのであった。
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