第78話 vs.討伐軍 ⑰ -セラド戦-
セラドの周囲に現れた、4体の小さな精霊たち。
「セラド様、セラド様! あいつ、俺が燃やしてもいいか!?」
赤く燃え盛る火の粉を纏った炎の精霊が、威勢よく拳を突き上げる。
「ひぃぃ……あ、あの鬼、すっごく怖いですぅ……でも、セラド様を守らなきゃ……」
涙目でぷるぷると震えながら、水色のドレスを纏った水の精霊が身をすくめる。
「ふぁぁ……セラド様ぁ、もうお仕事の時間ですかぁ?」
欠伸をしながら、ずんぐりした身体の土の精霊が目をこする。
「やれやれ。私の防壁を力技で破るなんて、随分と野蛮な相手を引き当てたものですねぇ、セラド様」
風を纏い、腕を組んで飄々《ひょうひょう》と浮かぶ風の精霊が、ため息を吐いている。
彼ら精霊は、それぞれが明確な自我を持つ、極めて高度な使い魔であった。
「うるさい! 黙れ!」
セラドは、額に青筋を立てながら、鬼一を憎悪の目で見据えて叫んだ。
その剣幕に、4体の精霊たちが、一斉に姿勢を正す。
「精霊どもよ、あの木偶の坊を抹殺しろ! 塵一つ残すな!」
「はっ、了解だぜ!」
「は、はいぃ!」
「あいよぉ」
「しょうがないですねぇ……」
そう口々に言うと、精霊たちが一斉に『精霊魔法』を仕掛けた。
通常の魔術師が使う『魔法』と、『精霊魔法』には大きな違いがある。
通常の『魔法』は、術者自身の魔力を消費して現象を起こすのに対し。
『精霊魔法』は、精霊が周囲の自然環境――例えば、松明の火、空気中の水分、地面などに直接働きかけて攻撃する。
精霊の力によって、自然から得られる力を、何十倍にも増幅して放つことができるのだ。
つまり、術者の魔力を使用することなく、天災クラスの魔法を連発できる反則技である。
「まずは俺からだ! いくぜオラァッ! 【爆炎業火】!!」
火の精霊が、広間の松明の火をすべて吸収し、巨大な炎の球へと変換される。
直径五メートルを超える灼熱の火球が、轟々《ごうごう》と音を立てて鬼一へと襲い掛かった。
「……ふむ」
鬼一は慌てることなく、スッと右足を引いた。
そして、『喰血』の平の部分を巧みに使い、直撃する寸前に火球の軌道を受け流す。
轟音と共に、火球は鬼一のすぐ横をすり抜け、背後の壁に激突して凄まじい爆発を起こした。
熱波が鬼一の頬を焦がすが、彼は瞬き一つしなかった。
「クソっ! 火力が足らなかったかっ!」
だが、攻撃の手はやまない。
「お、大人しくしてくださいぃ! 【水精霊の縛流】!」
水の精霊が両手を震わせると、空気中の湿気が凝り、蛇のような水流となって鬼一の足に絡みついた。
足止めの魔法である。
「ムっ!?」
その瞬間、土の精霊があくび混じりに指を鳴らす。
「足元に気を付けてねぇ。……【土牙杭】」
鬼一の足元から、鋭い岩の杭が突き上がった。
足を絡め取られた状態で避けるのは不可能。
鬼一は、喰血を地面へ叩きつける。
「これしきの岩、砕けい!!」
「「……っ!」」
衝撃が水流を断ち、岩杭を根元から粉砕した。
砕けた岩の破片が、雨のように飛び散る。
その破片の間を、風の精霊が笑いながら滑り抜けた。
「隙あり、ってね」
そう言ったのは、風の精霊だった。
無数の不可視の風の刃が、網の目のように交差して鬼一を切り刻もうと殺到する。
「――秘剣・阿修羅陣!!」
その瞬間、鬼一を中心に鋼鉄の暴風が巻き起こった。
『喰血』が描く軌跡は、もはや単なる斬撃の連なりではない。
残像が幾重にも重なり、あたかも鬼一の背から数多の腕が生え、それぞれが神速の刃を振るっているかのような錯覚を抱かせる。
ガキンッ! キンッ! ガキィィンッ!
目にも留まらぬ太刀筋が、迫り来る風の刃を次々と弾き落とし、相殺していく。
刃と刃がぶつかり合う度に火花が散る。
やがて、攻撃が止んでも、鬼一は無傷のままであった。
「……う、嘘だろう!? 私の風を、ただの剣で……弾いているというのですか!?」
風の精霊が、その飄々とした表情を崩した。
その瞳には、隠しきれない動揺と、理解不能なものへの戦慄が浮かんでいる。
「ふざけんな! 俺の火力をまともに食らって、なんで一箇所も焦げてねぇんだよ! ありえねぇ、ありえねぇだろッ!!」
炎の精霊が、頭の炎を激しく逆立てて叫ぶ。
彼にとって、自身の炎を受け流されるなど、存在そのものを否定されたに等しい。
もはや威勢の良さは消えて、その叫びは焦燥に近かった。
「ひ、ひぃぃぃ……! あ、あんなの、あんなの化け物ですぅ! 私の水じゃ、あの人の歩みを止められません……!」
水の精霊は、涙を流しながら後退り、体を震わせていた。
彼女が放った『縛流』は、鬼一にとっては、蜘蛛の糸ほどの価値もなかったのだ。
「……これ、ちょっとやばいねぇ。僕の杭が、おもちゃみたいに壊されちゃったよぉ。セラド様ぁ、あいつ、本当に人間じゃないねぇ……あ、魔物だったねぇ……」
欠伸をしていたはずの土の精霊ノームも、今は額から冷や汗を流し、その指先を強張らせている。
「ええい、無能どもめ! たかが一匹の鬼に何を怯えているのだ!」
精霊たちが弱音を吐く中、セラドの顔はもはや憤怒を通り越し、屈辱によって青白く変色していた。
そんなセラドの苛立ちなど知らぬげに、鬼一は一歩、また一歩と、死神のカウントダウンを刻むように距離を詰めていく。
「もう良い! こんな下等生物如きに本気を出したくはなかったが……」
セラドが低く、地の底を這うような声で呟くと同時、周囲の空気がピタリと静止した。
そして、彼が不気味な韻律を刻む詠唱を始めた途端、先ほどまで騒いでいた四体の精霊たちが、まるで糸の切れた人形のようにガクリと項垂れた。
その瞳からは意思の光が失われ、魂の抜けた器へと変貌していく。
空間がひび割れるような圧が広間を支配する。
「ハイエルフの王子、セラド・ルナ・ファルシオンが命ずる――。万物を統べる契約の鎖を以て、原初の高潔を呼び戻さん。『精霊女王』よ! 顕現せよ!」
セラドの絶叫と共に、四体の精霊が光の粒子となって弾け、一柱の巨大なシルエットへと収束していった。
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