第77話 vs.討伐軍 ⑯ -セラド戦-
「……フン。ただのゴミかと思ったが、少しは芸を仕込まれているようだな」
ミロとネムの戦いをチラリと横目で見て、セラドは鼻を鳴らした。
奴隷たちがどれほど苦戦しようが、彼には関係のないことだ。
セラドの視線は再び、前方の鬼一へと戻る。
「さて……貴様には、私の恐ろしさを、その身に刻んでやろう」
セラドが冷酷な笑みを浮かべ、片手を軽く掲げた。
その瞬間、部屋の空気の密度が急激に変わっていく。
キィィィィン……ッ。
耳の奥を直接引っ掻くような音が響く。
突如として地面に、細い切れ目が走った。
一本。
二本。
三本……。
やがてそれは、セラドを中心に無数の線となって広がっていく。
セラドの周囲で渦巻いていた風が『鋭利な風の刃』へと変貌し、地面をガリガリと削り始めたのだ。
近づくものを切り刻む、不可視の殺意。
それに対し、鬼一はその巨体を揺るがすことなく、『喰血』を静かに正眼へと構えた。
体から立ち上る赤銅色の闘気は、セラドの風に煽られながらも、決して揺らぐことはない。
ただ静かに、そして深く、内なる爆発の時を待つように練り上げられていく。
「来い、エルフ。これ以上は一歩も通さぬ」
「ふははははっ!」
セラドが笑う。
「いいぞ。その虚勢がいつまで続くか、見ものだな!」
そして、彼は命じた。
「我が精霊よ。目の前の敵を絶て。……【鎌鼬】」
セラドが指先を振り下ろす。
直後、空気が甲高く鳴いた。
視認することすら不可能な、無数の不可視の風の刃。
それが、全方位から鬼一の巨体を包み込むように殺到した。
――シュパパパパパパンッ!!
鬼一の頬に、浅い切り傷が走る。
続いて肩。
腕。
脇腹。
鎧の隙間を狙うように、細い斬撃が肉を裂いた。
赤黒い血が、ぽつり、ぽつりと地面へ落ちる。
しかし、鬼一は表情一つ変えなかった。
流れる自らの血を一瞥することすらなく、まるでそよ風を浴びているかのように、ただ静かにセラドを見据えている。
「どうした! 防ぐことすらできんか! ならば、このまま細切れになるがいい!」
勝ち誇ったように嗤うセラド。
だが、鬼一は短く息を吐くと、構えていた『喰血』の柄を強く握り直した。
「その程度の攻撃など効かぬ!」
鬼一の右足が、地面を深く踏みしめる。
全身の筋肉が爆発的に膨張し、『喰血』に闘気が注ぎ込まれた。
「――【豪剣・波断】」
一閃。
純粋な『筋力』と『剣技』のみによる、大上段からの振り下ろし。
喰血の刃が、空間を叩き割った。
その一撃が生み出した、圧倒的な剣圧が、広間の空気を丸ごと押し潰したのだ。
ドォォォォォォォォンッ!!!
『喰血』が空気を切り裂いた瞬間、凄まじい衝撃波が走る。
それが、セラドが放った不可視の【鎌鼬】を、いとも容易く吹き飛ばし、相殺してしまったのだ。
「っ……!?」
セラドの顔から笑みが消えた。
自らの前髪を激しく揺らしたその剣圧に、思わず目を細める。
「精霊の刃を力技で吹き飛ばすか……。だが、所詮は野蛮な獣の力業――」
「今度は、こちらから行くぞ」
セラドの言葉を遮るように、鬼一が姿勢を極端に低く落とした。
「【瞬斬】」
ダンッ!! という音と共に、鬼一の巨体が掻き消えた。
いや、見えなくなったのではない。
足元がクレーターのように抉られるほどの爆発的な踏み込みによって、真正面からセラドの間合いへ飛び込む。
「甘い!!」
セラドの周囲で、風が唸る。
鬼一の『喰血』がセラドの首元を薙ぎ払おうとした瞬間、風の精霊による自動防壁が展開される。
第二階層で、何十トンもの津波を無傷で防ぎ切った、あの鉄壁の結界。
物理攻撃であろうと魔法であろうと、決して破られることのない――。
「ハァァァァァッ!!!!」
鬼一は、結界の存在に気づきながらも、一切の減速をせずに突っ込んだ。
鋭い裂帛の気合いと共に、闘気を纏った『喰血』が結界に激突する。
けたたましい破砕音。
絶対に破れないはずの結界に、深々と刃が食い込み、ピキピキと亀裂が走る。
「ば、馬鹿なッ!?」
セラドが驚愕に目を見開く。
結界が、純粋な腕力と闘気だけでへし折られようとしている。
このままでは、結界ごと両断される。
そう本能で感じ取ったセラドは、咄嗟に後方へと跳躍した。
パリンッ!!
その直後、結界が粉々に砕け散り、喰血の刃がセラドの鼻先数ミリを通過した。
まさに間一髪。
風圧だけで、セラドの金糸の髪が数本切り飛ばされる。
「……ほう。よくぞ躱した」
『喰血』を振り抜いた姿勢のまま、鬼一が静かに称賛の言葉を口にした。
だが、その言葉は、セラドの逆鱗に触れる。
「……ち、調子に、乗るなよ……! 魔物風情がッ!!」
セラドの顔が、屈辱と怒りで真っ赤に染まった。
下等生物に絶対の防壁を破られる。
彼の高すぎるプライドが、その事実を絶対に許さなかった。
「もう手加減はせん! 跡形もなく消し飛ばしてやる! 来い、我が忠実なる下僕ども!」
セラドが両手を大きく広げる。
その瞬間、セラドの周囲の空間が歪み、四つの異なる色の光の球体が出現した。
赤・青・黄・緑の光の球体。
光の球体は瞬く間に人型に変形していく。
そして、それぞれが手のひらサイズの、小さな妖精のような姿へと変貌した。
それは、セラドが使役する、四属性の精霊たちであった――
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