第74話 vs.討伐軍 ⑬ -セラド戦-
ようやく、vs.討伐軍の最終戦まで来ました!
(長くなってすみません ( ̄▽ ̄;))
ここまで見ていただいて、本当にありがとうございます。
セラド戦も、どうかお楽しみください!
俺は、ダンジョン・コアの前に座り、1ミリも動けずにいた。
心臓が早鐘を打ち、手のひらには嫌な汗がじっとりと滲んでいる。
脳裏に映し出されているのは、第二階層『地底湖』の光景。
もちろん、自分の目で見ているわけではない。
視界は、第二階層に潜ませていたクラーケンのものだった。
「レイ……っ」
思わず声が漏れる。
リュネというエルフの魔術師が放った氷魔法が、地底湖のすべてを飲み込もうとしていた。
空を舞うレイの翼が、白銀の呪縛によって瞬時に凍りついていく。
あのレイが。
あの能天気で、陽気で、いつも「マスター、褒めて!」と飛びついてくるレイが。
翼ごと凍りつき、湖へ落ちていく。
――ピキィィィィィィィンッ!
次の瞬間、視界が白に染まる。
地底湖全体が凍ってしまったのだ。
クラーケンの視界が、バチバチとノイズを走らせる。
水の中であるはずなのに、景色が急速に硬く、白く、閉ざされていく。
「……嘘、だろ?」
やがて、視界は白一色に染まり、静止した。
クラーケンの巨大な身体すら、その場に縫い留められたように動けなくなる。
視界から送られる映像が、砂嵐のように乱れていく。
「レイ……おい、返事をしろよ。レイ……っ!!」
念話を飛ばすが、返事はない。
最悪の想像が頭をよぎる。
氷漬けにされたレイの身体が砕け、冷たい湖の底に消えていく光景。
またか。
また、仲間を失うのか。
俺の絶望が、限界に達しようとしたその時。
――ズ、ズズ……。
凍りついた視界の奥。
白い氷の底に、ぽつりと赤い光が滲んだ。
「あれは……赤い光?」
赤い光は、氷の下でゆっくりと広がっていく。
まるで、分厚い氷河の下に太陽が沈んでいるようであった。
ピシピシピシッ。
白い氷の世界に、蜘蛛の巣のような線が走る。
次の瞬間、クラーケンの視界全体が赤く染まった。
ズドォォォォォォォンッ!!
分厚い氷が、内側から爆ぜる。
「……なんてやつだよ、あいつは」
俺は呆然と呟いた。
レイの蒼かった髪は、燃え盛るような赤へと変わっている。
翼は炎の粒子を散らし、彼女の周囲の空気は陽炎のように歪んでいた。
それから、レイがクラーケンと連携し、リュネを瞬く間に『消し炭』に変えていく光景を、俺はただ呼吸を忘れて見届けることしかできなかった。
やがて、画面から魔力の乱れが収まり、静寂が戻る。
クラーケンの視界は、再び穏やかになった水面を映していた。
「……はぁぁぁぁっ……」
俺は壁に身体を預け、脱力した。
全身の力が抜け、指先が小さく震えている。
「生きた心地がしなかったぞ、ったく……」
レイは強い。
俺が思っていた以上に、ずっと。
「帰ってきたら、ちゃんと褒めてやらないとな……」
そう呟いた瞬間、隣に立っていた鬼一が、わずかに目を細めた。
「レイ殿が、勝たれましたか」
「ああ。とんでもない勝ち方だったよ。あいつ、帰ってきたら絶対うるさいぞ。『褒めて褒めて』ってな」
『それは、主の務めにございますな』
アビスからの念話が響く。
俺は苦笑した。
だが、安堵の時間は長くは続かなかった。
「いよいよか……」
俺はゆっくりと、立ち上がった。
目の前には、俺のダンジョンの最高戦力たち。
「そろそろ来るぞ。たぶん、今までで一番ヤバいやつだ」
俺の言葉に、部屋の空気がさらに一段階、引き締まった。
傍らに控えていた鬼一が、音もなく一歩前へ出る。
彼は腰に差した『喰血』の柄に手をかけ、唇の端を吊り上げた。
「……ふ。待ちわびましたぞ、御屋形様。ようやく、将として刃を振るう時が参りましたな」
鬼一は笑っていた。
恐怖でも焦りでもない。
武人が強敵を前にした時だけに見せる、静かな歓喜のようだった。
その隣で、アビスが長槍を構える。
深海の珊瑚と鉄でできた装甲が、青白く淡い光を帯びた。
『主よ。我が盾、我が槍で、立ちはだかる敵を粉砕してみせましょう』
「ああ。頼りにしてるぞ」
二人の心強い言葉。
そして、鬼一の背後には十体のゴブリン親衛隊が並んでいる。
かつてのゴブいちと同じ、Eランクの最弱の小鬼たち。
だが、今の彼らはもう、ただの雑兵ではない。
鬼一による、一ヶ月近くに及ぶ地獄のような調練。
その肉体には無駄のない筋肉が付き、装備している粗末な槍や盾も、研ぎ澄まされた凶器となっている。
通路の奥から、セラドの凄まじい圧が風となって流れ込んでくる。
それは、本能的に「死」を予感させる冷たい風。
十体のゴブリンたちの中には、膝が小刻みに震えている者もいる。
だが、逃げる者は一人もいない。
「……案ずるな、小鬼ども」
鬼一が声をかける。
ゴブリンたちは一斉に背筋を正した。
「恐怖を消す必要はない。恐怖を抱えたまま、前へ出る者を兵と呼ぶ」
その言葉に、震えていたゴブリンの一匹が、ぎゅっと槍を握り直した。
「お前たちは弱かった。かつての我と同じだ」
鬼一の声に、ほんのわずかな優しさが混じる。
「だが、弱き者が弱きまま終わるとは限らぬ。牙を研げ! 足を止めるな! 御屋形様の背に、敵の刃を届かせるな!」
「ギャウッ!」
「ギャギャッ!」
ゴブリンたちが、喉を鳴らして応じる。
その瞳には、死をも恐れぬ戦士の輝きが灯っていた。
鬼一が大太刀を抜く。
アビスが長槍の穂先を下げる。
ゴブリン親衛隊が槍を構える。
いよいよ、最終防衛戦が始まる。
戦いの号令をかけようとした。
その時――
俺の脳内に、別の声が割り込んできた。
『主よ、聞こえるか?』
『……カーミラか? どうした。今こっちは、かなり立て込んでるんだが……』
少しの間が空く。
念話の向こうで、カーミラが珍しく言い淀んだ気配がした。
『実はの……』
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