第72話 vs.討伐軍 ⑪ -地底湖の戦い-
シューゥゥゥ……ッ。
リュネの白い肌から、真っ白な靄がとめどなく溢れ出している。
靄が触れた土壁の表面が、パキパキと音を立てて霜に覆われ、『凍結』していく。
地底湖の気温が急激に下がり、レイの吐く息が白くなる。
「さあ、羽虫さん。身体の芯まで凍りつかせてあげましょう……」
リュネの一言に、地底湖の空気が一変する。
レイは本能的な危険を感じ、バサァッ! と大きく翼を羽ばたかせて後方へと飛び退いた。
「な、なんなのあいつ……!? 急に魔力の質が変わった……」
警戒度を最大まで引き上げたレイは、先手を取るべく攻撃を仕掛ける。
「くらえっ! ――【激流の飛槍】!」
レイが叫んだ。
固い岩盤をも容易く穿つ水の槍が出現し、空気を裂いてリュネの胸元へと迫る。
しかし、リュネは回避しようともせず、冷ややかに微笑んだまま、迫りくる水の槍に片手を翳す。
すると、彼女を取り巻く『白い靄』が、迫り来る水の槍に触れた時――。
――パリィンッ!
澄んだ破砕音が鳴り響いた。
「なっ……あたしの水魔法が、砕けた!?」
レイは信じられないものを見るように目を見開いた。
リュネに向かって放たれたはずの激流の飛槍は、彼女に命中する寸前。
まるでガラス細工のように、粉々に砕けてしまったのだ。
「無駄な足掻きね」
リュネが眼下の湖に向かって、すっと細い指を向ける。
「――喰らいなさい」
そう呟くと同時。
ズォォォォォンッ!!
湖から、巨大な水流が巻き上がった。
水流は一本ではなかった。
何重にも渦を巻きながら絡み合い、巻き上げられた水流は一匹の蛇のような形を成していく。
全長十メートルを超える、水の大蛇。
「あたしに水魔法は効かないって!!」
レイは両手に魔力を込め、巨大な水流の蛇を受け止めて、軌道をそらそうとした。
自身の得意とする水魔法。
その程度は造作もないはずだった。
だが。
「……えっ?」
レイの手に触れた水流は、霧散するどころか、レイの腕に絡むようにまとわりついた。
「なっ、何これ!?」
レイが焦って振り払おうとするが、『水流の蛇』はレイの腕を辿り、身体全体に巻き付くようにして、その拘束を強めていく。
まるで意思を持った鎖のように。
「ふふっ……ははははっ!」
リュネが冷酷な笑みを浮かべている。
「本当にお馬鹿さん。私の本当の魔法属性は、水でも土でもないの……」
リュネが、パチン、と指を鳴らす。
その瞬間。
「――【絶対氷結】」
ピキィィィィィィンッ!!!!
レイの身体にまとわりついていた水流が、一瞬にして凍り付く。
「あ――」
レイが悲鳴を上げる間もなかった。
腕。
身体。
脚。
そして、空を舞うための美しい翼までも。
リュネの【絶対氷結】は、レイの身体を一瞬で氷の牢獄へと閉じ込めてしまう。
「――っ!」
翼が凍らされてしまったレイは、飛ぶ力を完全に失った。
氷の重量に引きずり込まれるように、成す術なく、真っ逆さまに地底湖へと堕ちる。
巨大な水柱が吹きあがり、氷塊に包まれたレイが暗い水底へと沈んでいく。
「あーっはっはっはっは!! 羽虫にはお似合いの死に方ですわね!」
リュネは両腕を広げ、狂気に満ちた高笑いを地底湖に響かせた。
久方ぶりに解放した氷の魔力。
下等生物を蹂躙し、絶望に染め上げる。
体中に快感が駆け巡るようだった。
「もっと……もっと! この空間の全てを、氷漬けにしてあげる!!」
リュネは、体中から湧き上がる膨大な魔力を力任せに湖面へと叩きつける。
メキメキメキッ……!
バキィィィィィンッ!!!!
リュネの足元から、凄まじい速度で氷が広がっていく。
それは単なる湖面だけの凍結ではない。
水深数十メートルにも及ぶ地底湖の水そのものが、リュネの魔力によって分厚い『氷河』へと変貌していく。
波打ち、荒れ狂っていた水面が、まるで時を止められたかのように静止した。
ものの数十秒で、広大な地底湖は氷の世界へと塗り替えられてしまった。
静寂。
水音一つしない、死の世界。
「……はぁ、はぁ……」
リュネは乱れた銀髪をかき上げ、深く息を吐き出した。
完全に凍りついた湖面を見渡し、満足そうに微笑む。
「……終わりましたわね。他愛もない」
あれほど分厚い氷の下に沈められれば、いかなる魔物であろうと助かる見込みはない。
窒息するか、あるいは凍死するか……。
どちらにせよ死んでいるだろう。
リュネはくるりと背を向ける。
「さて、セラド様に追いつきませんと」
歩き出そうとした、まさにその時。
――ピシッ……。
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