第71話 vs.討伐軍 ⑩ -地底湖の戦い-
エルフという種族は、生まれながらにして精霊に愛され、高い魔力と魔法適性を持っている。
中でも、火・風・水・土の属性、いわゆる4大元素魔法を扱えるエルフは数多くいた。
しかし、それ以外の属性を操れる者は、極めて稀少であった。
『氷魔法』もその一つである。
リュネの幼少期の記憶は、周囲の大人たちからの大きな期待と、同年代の子供たちからの陰湿な嫉妬との戦いであった。
「この子は百年に一度の才だ」
「きっと、次代の長候補になるぞ」
村の大人たちは、幼いリュネの前で口々にそう言う。
掌の上に出した氷の結晶ひとつで、彼女を中心に大人たちが輪になって称賛する。
リュネはそれが心地よかった。
『自分は特別なのだ』と感じることが誇らしかった。
しかし、村の大人たちが彼女を持て囃す度、同年代のエルフたちの嫉妬が、徐々に悪意となってリュネへと向けられるようになる。
最初は、無視や悪口といった些細なものから始まった。
「氷が使えるからって、偉そうに」
「どうせ、大人に媚びてるだけでしょ」
しかし、リュネは気にも留めなかった。
それどころか、リュネ自身も、自らの才能への驕りから、同年代のエルフたちを「才能のないやつら」と見下している節さえあった。
だが、子供の悪意にはブレーキが存在しない。
やがてそれは、露骨な嫌がらせへ変わっていった。
物を隠されたり、 靴の中に泥を詰められたりもした。
それでもリュネは笑っていた。
自分がこの村にとって特別な存在であるとの自信が、彼女を心の支えとなっていた。
あの日までは――
その日、村の子供で唯一の友達であったエルフの少女と一緒に、村のはずれにある森の中に遊びに行くことになった。
二人で遊んでいるうちに、いつの間にか森の奥深くに入ってしまったようだった。
すると。
「見て! あそこに、月光花が生えてるわ」
友達の少女は唐突にそう言った。
月光花は、様々な薬の原料となる美しい花。
とても珍しい植物であり、広大な森の中を探しても中々見つかる花ではなかった。
「え、ホント!? どこにあるの?」
幼いリュネも、辺りを見渡す。
持って帰れば、きっと村の皆が喜ぶだろう。
しかし、見渡しても、それらしい花は見つけられなかった。
「ほら、あそこだよ」
エルフの少女は、目の前にある、丘の先を指さしている。
リュネは、その丘の頂上へと向かう。
しかし、その丘の先は崖となっており、深い谷間があるだけだった。
「ねぇ、どこにあるの?」
リュネがそう言って、顔を振り向かせた瞬間。
トンと、背中を押された。
直後に、身体全体が浮遊感に襲われる。
何が起きたのかわからなかった。
「か……はっ……」
地面に打ち付けられる衝撃。
次いで、全身に激痛駆け巡った。
視界が回る。
呼吸が止まる。
谷底へ突き落とされたのだ。
いくつもの骨が折れたのか、動くことすらままならない。
上を見上げれば、夕焼けに染まる崖の縁に、その少女が立っているのが見えた。
必死に声を絞り出した。
「た、たすけ……」
その少女は、リュネを一瞥すると。
「じゃあね、怪物」
笑っていた。
あろうことか、笑っていたのだ。
死の恐怖と、裏切られた絶望、そして湧き上がる怒り。
嫌だ。
死にたくない。
あんな下等な連中に、踏みにじられたまま終わるなんて――
体の奥で、何かが弾けた。
限界に達した感情は、幼いリュネの中で眠っていた氷の魔力を『暴走』させた。
気が付いたときには、谷底は一面の銀氷に覆われていた。
そして崖の上には、リュネを突き落とした少女が立っているのが見える。
いや、正確には、少女だった『《《モノ》》』であった。
少女は苦悶の表情を浮かべたまま、美しい『氷の彫像』へと成り果てていた。
リュネは、何とか立ち上がり、谷底から崖の上へと歩いていく。
少女だった氷の彫像の前へとたどり着き、手を伸ばす。
すると、氷の彫像はパリンッ、と呆気なく砕け散り、氷の破片となって谷底へ降り注いだ。
どうすることもできなかった……。
村へ帰還した後に、リュネに向けられた感情は、賞賛ではなく恐怖に変わった。
「この子は危険すぎる」
「同族殺しだ……。このまま村に置いてはおけないだろう」
大人たちは、今までの賞賛から手のひらを返し、リュネを村から追放した。
たった一人で森を追われたリュネは、心に固く誓う。
――もう、誰も信じないと。
孤独な放浪の果てに、彼女が出会ったのが、セラドという男だった。
彼はエルフでありながら、エルフの伝統や周囲の目などは一切気にしていない。
自らの力だけを信じ、エルフであろうと人間であろうと、自分より劣る者を等しくゴミのように見下し、己の欲望のままに世界を踏み荒らしていく。
その姿は、自分と同じ生き方であり、ある種の『救い』に映った。
ああ、この男は、自分以外の誰にも期待していないのだ。
だから裏切られない。
だから強い……。
リュネは、初めて誰かに膝を折った。
それは決して忠誠ではない。
どちらかと言えば、崇拝に近かった。
以来、彼女はセラドの忠実な部下となり、忌まわしい『氷の魔力』を封印し、水と土の魔法だけでBランクまで上り詰めた。
そして今。
目の前の生意気な魔物を前に。
己の真の力を解放したのである。




