第70話 vs.討伐軍 ⑨ -地底湖の戦い-
「それほどの魔力……あなたが、このダンジョンのボスなのかしら?」
「…………は?」
その問いに、レイはポカンと口を開けた。
そして次の瞬間。
「あーっはっはっはっは!!」
地底湖レイの笑い声が響き渡った。
その想定外のリアクションに、リュネの眉間がピクリと不快げに動く。
「……何がおかしいのです?」
「あははっ! あたしはね、マスターに召喚された『一番のお気に入り』ではあるけど、ボスなんてむさ苦しい肩書き、あたしには似合わないわ!」
レイは空中でクルリと一回転し、得意げにふんぞり返った。
「それにね、奥にいる鬼一とアビスも結構強いんだから! まあ、可愛さとマスターへの愛情では、絶対にあたしがナンバーワンだけどねっ☆」
誇らしげにパチンとウインクを決める。
レイは、ボンドへの愛を純粋に自慢しただけのつもりだったのだが。
「……なるほど。あなたがこのダンジョンの頂点ではないと。それは、非常に有益な情報ですわね」
「あっ……」
リュネの言葉のニュアンスに、レイもようやく自分が「やらかした」ことに気づき、サッと顔面を蒼白にさせた。
この奥に強大な魔物が《《複数》》いる。
ボンドの切り札が、敵に露見してしまったも同然であった。
「ほう……。この奥には、まだお前以上の強大な魔物が控えているのか」
退屈そうに二人の戦いを見ていたセラドが、不意に興味深そうな声を上げる。
彼のエメラルドの瞳が、レイから外れ、暗い洞窟の奥へと向けられる。
「この騒々しい羽虫と同等、あるいは凌駕する魔物……。そして、それを従える『マスター』とやらがいると。フン、発生したばかりのダンジョンにしてはイレギュラーが過ぎるが……。最奥のダンジョン・コアには、よほどのスキルが眠っていると見える」
セラドは、ふっと笑う。
先ほどまでレイへ向けていた薄い興味は、もう残っていない。
「ならば、ここにいるのは時間の無駄だな。私は先に行くぞ」
セラドが、マントを翻して歩き出そうとする。
その背中に向けて、リュネが恭しく一礼した。
「はい、セラド様。どうかこの場は私にお任せを。……久方ぶりに『本気』を出しますわ」
「好きにしろ。だが、あまり時間をかけるなよ」
「ふふ……。承知いたしました」
リュネがゆっくりと顔を上げる。
その瞳には、愉悦と狂気が孕んでいた。
「おい、貴様らも私についてこい」
セラドが、足場の端で固まっていた、ミロとネムに向けて言い放つ。
二人はビクッと肩を震わせた。
目の前では、リュネとレイが殺意むき出しで睨み合っている。
しかし、さらに奥へ進めば、そこに何が待っているか分からない。
「……行くしか、ねぇのかよ」
「ミロ……」
「大丈夫じゃねぇけど、立ち止まったらもっとヤバい気がする」
そんな二人の様子を見て、セラドが不敵に口元を歪めた。
「くく……巻き添えで死にたくなければ、早くすることだな。リュネの『本気』は、少々やりすぎてしまうからな」
セラドは含みがあるように言った。
リュネの『本気』とはなんなのか。
少なくとも、今までとは比にならない魔法であることは理解できた。
どのみち、逆らえば殺されるのだ。
ミロとネムは互いに視線を交わし、意を決してセラドの後を追う。
「あっ! 逃がさないよっ! 絶対、マスターの部屋には通さないんだから!」
上空でその動きを察知したレイが、セラドたちを足止めしようと、猛禽類のように鋭く急降下する。
両手に高圧の水刃を纏い、セラドを狙った。
しかし。
「よそ見なんて、感心しませんわね」
パチン、と指が鳴る。。
瞬間、レイとセラドたちの間に巨大で分厚い土壁が隆起する。
ズドドォォォォォォンッ!!
「邪魔ぁっ!!」
レイが、その土壁へ向け水刃を放つ。
だが、高密度に圧縮された魔力で固められた土壁は、簡単に壊すことはできない。
その足止めによって、セラドたちは第三階層へと続く奥の通路へと、悠然と姿を消していく。
「ああっ! 待ちなさいよ!」
「言ったはずですわ。よそ見は感心しませんと」
レイに立ち塞がった土壁の上。
いつの間にかそこに立っていたリュネが、レイを見下ろしていた。
「今からが楽しいところじゃないですか」
リュネが、くっくっと笑う。
そこから異変は始まった。
レイは、リュネの様子がおかしいことに気づく。
常に手に持っていた扇は無造作に捨てられ、美しく結い上げられていた銀色の髪も下ろしている。
そして何より異常なのは、彼女の身体から立ち上る『白い靄』であった。
シューゥゥゥ……ッ。
リュネの白い肌から、真っ白な靄がとめどなく溢れ出している。
靄が触れた土壁の表面が、パキパキと音を立てて霜に覆われ、『凍結』していく。
地底湖の気温が急激に下がり、レイの吐く息が白くなる。
「な、なにこれ……すっごく、寒い……っ」
レイは空中で身震いし、自身を抱きしめるように腕を擦った。
「ふふふ……あははははっ!」
リュネの顔に狂気が浮かぶ。
その瞳孔は極限まで開き、隠していた真の力を解放する悦びに打ち震えているようだった。
「さあ、羽虫さん。身体の芯まで凍りつかせてあげましょう……」
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