第67話 vs.討伐軍 ⑥ -地底湖の戦い-
「……ふん。本当に使えないわね。雑魚の相手もできないなんて、あなたたちには何の価値があるのかしら?」
リュネは、惨殺されたカエルたちの死体など見向きもせず、ネムとミロを見下して冷酷な言葉をぶつけた。
ミロは悔しさに唇を噛むが、反論することはできない。
実力差は、あまりにも明白だった。
彼らが苦戦する魔物を、リュネは汚れを払うように、いとも容易く殺してみせたのだ。
「さあ、進みますわよ。こんな湿気た場所に長居したくありませんわ」
リュネが扇を閉じ、セラドと共に再び歩き出そうとした、その時。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!
地底湖の水面が、震える。
最初は、小さな波紋。
やがて、湖全体を揺らす程の唸りとなった。
そして、水面がまるで沸騰したかのように激しく泡立ち始める。
「……なんだ?」
セラドが足を止め、湖の中央へと視線を向けた。
ズドバァァァァァァァァァンッ!!!!!
湖の中央から、天井に届くほどの巨大な水柱が、間欠泉のように爆発的に吹き上がった。
凄まじい水しぶきが岩道に降り注いでいく。
ネムが思わず顔を庇い、ミロは咄嗟にダガーを構え直した。
リュネの眉が、わずかに動く。
その視線の先、白く泡立つ水柱の頂点から、青白い燐光に照らされながら、一人の『少女』がふわりと空中に舞い上がった。
透き通るような蒼い髪。
背中には、光を反射して宝石のように輝く美しい翼。
その翼が一度羽ばたくたび、湖面に幾重もの波紋が広がっていく。
その魔物の名は「レイ」。
「……っ!!」
レイは、ポイズン・トードたちの亡骸を見て、肩を震わせた。
その美しい顔には、いつもの陽気な笑顔は消えている。
冷たく、暗く、そして底知れぬ『怒り』に満ちた瞳で、エルフたちを見下ろす。
「あたしの可愛い蛙たちに、何……してるの?」
その冷徹な声には、強烈な魔力が乗せられており、地底湖の空間全体がビリビリと共鳴して震える。
レイの身体から、魔力が噴き出しているようだった。
湖の水面が、彼女の怒りに呼応するように荒れ狂い、無数の小さな渦潮を形成し始める。
「魔物が……喋った?」
ネムが呆然と呟く。
「おいおい、冗談だろ……人間みたいに喋ってるぞ」
ミロも驚きで目を見開いていた。
彼らの常識において、人語を話せる魔物の存在など、伝説や御伽噺の中だけのものだったからだ。
言葉によって、明確な『怒り』の感情を露わにする魔物。
その存在自体が、二人の理解の範疇を超えていた。
一方で、エルフである二人の反応は、全く異なるものだった。
「言葉を話せる魔物だと……。フン、なるほどな……」
セラドは、上空で怒りに震えるレイを見上げ、不敵な笑みを浮かべた。
その瞳に、初めて退屈以外の色が灯る。
「どうやら、ただの下等なダンジョンではないらしい……。少しは楽しめそうだな」
「高度な知性を持った魔物ですか……久方ぶりに見ましたわ」
リュネもまた、扇で口元を隠しながら微笑む。
その笑みには、愉悦が現れていた。
「美しい羽……ですが。身の程知らずにも私たちに歯向かうというのなら、その羽を一枚ずつむしり取って、どのような悲鳴を上げるか試してみたくなりますわね」
強者の余裕なのか。
Bランク冒険者である彼らにとって、相手が人語を解そうが、自分たちが敗北するなどという可能性は微塵も感じていない。
「……今、なんて言った?」
「聞こえませんでしたの?」
リュネが上品に首を傾げる。
「その羽をむしり取って、飾って差し上げると言ったのですわ。蛙の次は、あなたの番です」
レイの目が、すっと細くなった。
その瞬間。
湖面が、爆ぜた。
レイの周囲に、十数本の水柱が登り竜のごとく立ち上げる。
その水柱は彼女の背後でねじれ、絡み合い、巨大な翼のように広がった。
「あたしの舞台を汚して、蛙たちを殺して、その上、あたしにまで手をかけようって?」
空気が凍る。
いや、水分が細かな氷粒になり、空中できらきらと光っていた。
「絶対に許さない! お望み通り、殺してあげるわ!」
レイが両手を広げる。
その瞬間、湖が《《持ち上がった》》。
岩道の左右から、退路を塞ぐように巨大な水の壁がせり上がる。
この地底湖そのものが、レイの怒りを形にしていた。
「フン、魔物風情が、少し魔力が高いだけで我々エルフに届くと思うな」
セラドは、蔑むように笑う。
彼の周囲には、精霊による不可視の壁が展開される。
「へぇ」
レイが笑った。
怒りの中に、獰猛な笑みが混じる。
「じゃあ、試してあげる」
彼女の翼が、大きく羽ばたいた。
第二層の支配者である歌姫と、エルフ魔術師たち。
両者の魔力が、暗い湖の上で激突しようとしていた。




