第66話 vs.討伐軍 ⑤ -地底湖の戦い-
「ゲコォォォォォッ!!」
バシャァッ!と、激しい水しぶきを上げ、暗い湖の底から毒蛙たちが次々と岩道へと飛び出す。
体長1メートルを超える、ブヨブヨとした肉体。
何よりも異様なのは、その皮膚の色。
ピンクや紫、黄色など、自然界の生物としては異様な色である。
その蛙たちが、前後左右から退路を塞ぐように、岩道の上に立ちはだかった。
「チッ、水棲の魔物か!」
ミロは舌打ちをしながら、先手必勝とばかりに身を低くして突進する。
猫獣人の卓越した敏捷性を活かし、最前列にいたポイズン・トードの懐へと肉薄した。
両手に構えたダガーが、蛙の醜悪な喉元を切り裂こうと煌めく。
だが。
「ゲボァッ!」
ポイズン・トードの巨大な口がパカッと開く。
中から飛び出したのは、筋肉の塊のような太く長い『舌』。
鞭のようにしなる《《それ》》が、ミロの顔面を狙う。
「……っ!?」
常人であれば反応すらできない速度。
だが、ミロは身体を独楽のように回転させ、寸前で躱す。
ビュッと、風を切る音が耳元を掠めた。
なんとか回避には成功した。
しかし、ミロの服の袖のあたりが、わずかに蛙の舌に触れてしまう。
――ジュウゥゥゥゥッ!!
「なっ……!?」
服の袖が、白煙を上げて溶け落ちる。
服だけではない。
腕に着けていた革の防具まで、表面が泡立つように爛れていた。
「気をつけろ、ネム! こいつら猛毒を持ってるぞ!」
ミロが叫ぶ。
「わ、わかったわ! 私が後ろから支援する!」
後方にいたネムが、魔法の詠唱を開始する。
ダークエルフである彼女は、回復魔法だけでなく、生まれながらにして高い闇属性の魔法適性を持っていた。
ミロに襲い掛かろうとするポイズン・トードの群れに向けて、闇魔法の詠唱を紡ぐ。
「――闇より出でて穿て、【暗黒弾】!」
ネムの周囲から、小さな魔法陣がいくつも現れる。
それらの魔法陣から、魔力で圧縮された黒い弾丸が一斉に射出された。
空気を切り裂きながら、その弾丸はポイズン・トードたちに命中する。
「ゲギィッ!?」
着弾の衝撃で、ポイズン・トードが苦鳴を上げて後ろに仰け反る。
だが、倒れるには至らない。
ブヨブヨとした皮膚と、分厚い脂肪が衝撃を吸収してしまったのだ。
ネムの顔が青ざめる。
「浅かった!?」
「ネム、気にすんな! 足止めできりゃ十分だ!」
ミロがダガーで牽制し、ネムが魔法で援護する。
二人は、狭い道の上で戦わなければならない。
一歩でも足を踏み外せば湖に落ちる。
そして、少しでも蛙の毒に触れれば肉が溶ける。
ミロとネムは、じりじりと追い詰められていった。
その様子を、後ろから見ていたセラドが、ただ不愉快そうに眉をひそめていた。
「……何を遊んでいるんだ、貴様らは」
セラドの氷のように冷たい声が、岩道に響いた。
「そんな雑魚相手に、いつまで時間をかけるつもりだ。私の歩みを止めるな」
「も、申し訳ありません、ご主人様! ですがこいつら、猛毒を持っていて――」
「言い訳など聞いていない! 本当に使えないゴミどもだ。……リュネ」
セラドが顎でしゃくると、隣にいたリュネが「はぁ」と芝居がかったため息をつき、一歩前に出た。
「邪魔よ。どきなさい」
その一言で、ミロは反射的にネムを抱えて横へ飛んだ。
岩道の端ぎりぎり。
あと半歩で湖へ落ちる場所だ。
その直後、リュネが優雅に扇を振るう。
「――【水刃乱舞】」
詠唱すらない。ただの扇の動き一つ。
それだけで、湖の水が瞬時に巻き上げられ、極限まで圧縮された十数本の「水の刃」が形成された。
それは鋼鉄すらも容易く両断する、超高圧の刃。
シュパパパパパパパンッ!!!!
空気を裂く鋭い音が連続して鳴り響いた。
ミロとネムが苦戦していた毒蛙部隊は、リュネが放った水の刃によって、無慈悲に切り刻まれていく。
「ゲ、ロ――」
悲鳴を上げる間もない。
リュネに飛びかかろうと、空中にいた個体は真っ二つにされ、岩道にいた個体は四肢を切り飛ばされる。
切り裂かれたポイズン・トードたちの肉片と毒の体液が、緑色の血飛沫と共に、ドボンドボンと暗い湖へと沈んでいく。
戦闘時間、わずか数秒。
岩道の上には、静寂だけが戻っていた。
面白い、続きが読みたいと思っていただけましたら、ブックマークと評価をお願いします!




